『髪留め』
「ホークアイ中尉。午後、私とデートしないかね?」
黒髪の大佐と呼ばれる男性がその部屋の紅一点の金髪の女性をデートへと誘った。
男の名はロイ・マスタング。女の名はリザ・ホークアイ。
部屋の一同はいつもの事だと溜息をつき、リザが発するであろう静かで冷たい空気に対し各々対策を準備した。
しかし、今回の場合は違っていた。
「仕方がないですね。今日までの仕事をそれまでに終わらせたらいいでしょう。」
その返事に部屋の人々が驚いたのもムリはない。しかし彼らも気づいた。
大佐と中尉の表情とその意味を。
今日はマース・ヒューズ中佐・・・いや准将の命日だったのだ。
仕事を終わらせるともう日は傾き青空を赤く染めていた。
その赤はいつもより濃く見え、ロイが駆けつけたときのヒューズの姿を思い出させた。
墓石に近づくにつれ寄る眉間のしわ。未だにあのホムンクルスを倒せてはいない。
復讐なんて馬鹿げていると思っていても、ホムンクルス―せめてヒューズを殺したヤツだけは自身の手で葬りたかった。
いくつも並ぶ悲しい碑石。ヒューズの名が刻まれた石の前で足を止める。
足元には花束があった。きっと彼の妻・グレイシアが持ってきたものだろう。
その隣にリザがそっと花を添える。リザは何か声をかけようか言葉を捜したが直ぐに止めた。
ロイが静かに口を開いた。
「ヒューズ、お前が居なくなって時間にずいぶんとゆとりができた。」
その一言一言をリザはただ聞いていた。
「お前ののろけ話を聞く時間が必要なくなったからな。・・・・しかし仕事は増えていくばかりだ。
あのホムンクルスを捕らえたらきっとこのオレの手でお前の墓に花を添えてやろう。必ずオレが・・・」
その先に続く言葉はなかった。
静寂の時が流れた。遠くに聞こえる街の音と森のざわめきを耳に二人はただ灰色の石の前に佇んでいた。
どれほどの時が経っただろうか。ロイがリザに向き直った。
「もう、よろしいのですか。」
「あぁ、ここにこうして立っていてもあいつが何か応えてくれるわけでもあるまい。」
「しかし・・・」
ロイは反論しようとするリザを遮った。
「俺はここに確かめに来ているだけだ。俺の進む路を。」
夕日は森の奥へと消えていこうとしている。
「中尉、すまなかったな、君まで付き合わせてしまって。何か奢ろう。」
「いえ、私も・・・今日はここに来ておきたかったので。」
「・・・・そうか・・・。」
そうして二人は各々の思いを胸にその場を後にした。
酒屋に入り、ロイはいつもよりも度の強い酒をハイペースで飲み始めた。
リザはそんな彼に付き合い、ただワインを少しずつ口にしていた。
彼がヒューズを失った痛みはどれだけ経っても消えることのない痛みだとリザは知っていた。
「・・・ヒューズが死んだ。ハボックもやられた。あと何人の部下を犠牲にすれば俺は己の野望をかなえることが出来るのだろうな・・・。」
しばらくして明らかに酔いが回り顔を赤くしたロイが口を開いた。
「みんな俺が殺したようなもんだ。俺が傷つけた。」
ロイは歯を噛み締め、飲んでいたお酒のグラスを割らんばかりに握り締め机に叩きつけた。
「・・・大佐、それは違います。」
リザは静かに口を開いた。
「それだけは違います。皆ホムンクルスにやられたのです。大佐ではありません。」
リザはロイをなだめるように優しく、しかししっかりとした声音で反論した。しかし、ロイはその反論も受け入れなかった。
そしてグラスに残っていた中身を一気に飲み干すと自嘲とも思える表情を顔に乗せ言った。
「・・・・君も・・・いつか俺の下をそうして去るのだろうな。」
その言葉にリザは言葉を失った。この人は知っていた。リザがロイのために命を投げ出すことも厭わないことを。
リザはまるで銃を突きつけられたように動けなかったが、なんとかして口を開けた。
「・・・・私は・・・・決して大佐の元を離れません。」
その言葉だけを搾るようにして出した。それが今のリザにできる精一杯の一言だった。
深呼吸をし、気を取り直し彼に話しかける。
「大佐、飲みすぎです。明日の仕事に支障が出るのでもう帰りましょう。」
「いや、大丈夫だ。俺はまだ飲める!明日の仕事だって出来る!」
「そういう台詞は酔っ払いがいう台詞です。」
彼女は大きな溜息をつくとその酔っ払いに上着を着せ、肩に担いで・・・いや引きずりながら無理やり店を出た。
車の中で何度もヒューズの名前を言っていたのを彼女は聞いていた。その度、ハンドルを握る力が強くなっていく。
彼を彼の部屋へと運びそのままベッドに持って行き座らせる。一息つき立ち上がろうとすると彼が彼女の手を掴んだ。
「・・・・君は・・・・どうしたら俺の下を離れないと約束できる?」
彼女自身知っていた。もし、彼が危険に冒されれば、自分の身を挺してまでも彼を守ることを。
しかし今彼が欲しい応えはそんなものではないことも。故に直ぐに応えることが出来ず言葉を濁した。
「・・・・それは・・・・」
次の瞬間、彼女の体が彼の腕の中へ吸い寄せられた。
彼女は一瞬なにが起きたのかいまいち把握ができなかった。しかしその体にくわえられる圧力と視界の端に見える黒髪で自分の居場所を認識した。
先ほどの勢いで外れそうになった髪留めが落ち、きれいな金髪が彼女の肩に落ち彼の手や腕をなでた。
「・・・・君は・・・せめて君だけは俺を置いていかないと約束してくれ・・・・俺より先に死なないと・・・・」
そして気づく。力強く抱きしめた腕に、震える体に、肩を濡らす水滴に、そのひとつひとつ行動に込められた思いに。
彼女は想いを言葉にできず頬を濡らし、彼を抱きしめた。
ただ、抱きしめて言葉を捜した。自然と彼の背中に回した腕に力が入る。
「・・・決して・・・・置いていきません・・・約束します・・・・・決してあなたの元を去らないと・・・・・」
探して、捜して見つけた言葉はコレだけだった。
気づけば朝、二人はロイのベッドの上にいた。どうやらあのまま二人とも寝てしまったらしい。
おそらくロイがそのままリザの腕の中で寝てしまったのだろう。
リザはロイに抱きしめられたまま動けなくなり、泣き疲れ、ロイともども横になったのだろう。
幸いなことにロイはその事実に気づいていないのかまだ寝ていた。
リザは昨夜のままロイの腕の中にいたがそれをすり抜け部屋を後にし、その足を仕事へと向ける。
数時間後仕事に遅刻してきたロイがリザに声をかけた。
「中尉、この髪留めは中尉のものじゃないか?」
そのまま上着をコートスタンドに掛け、自席に座る。
中尉はその髪留めを受け取り、自席に座る大佐の下へ寄る。
「大佐の部屋に落ちていたんですね。気づきませんでした。有難うございます。」
その会話に部屋に居る一同はどよめき、こそこそと内緒話をし始めた。
「しかしながら大佐、昨夜のように酔いつぶれるのはどうかと。
仕事に支障が出ますので今後お止め下さい。大佐を部屋まで運んだ私の身になっていただけると嬉しいのですが。」
ソワソワしていた一同はその言葉でほっと胸を撫で下ろす。
大佐と中尉。確かにいい組み合わせだし、相思相愛だとその部屋の誰もが知っていた。知らぬは本人たちばかりだ。
が、実際問題ではまだ彼らの心の準備はまだできていなかったのだ。
「つまり、君が居る限り僕は酔いつぶれることができるようだ。」
「大佐。仕事が終わらず今夜のデートに遅れても知りませんよ。」
そう言って中尉は書類を机に積まれた紙の束の上に乗せた。
「中尉、そんなに私を仕事に追い込んでたのしいかね。」
「いえ、大佐を仕事に追い込んでいるのは私ではなく大佐ご自身です。
それから、15分後に定例会議が始まりますがのんびりしていてよろしいのですか。」
中尉は一瞬の間を置いて切り返した。
「なにぃ!何故もっと早くに言わない!!」
では、と中尉が自分の仕事に戻ろうとすると大佐は中尉を呼び止めた。
「中尉。」
手ではこっちに来いと合図をしている。合図どおりに近づくと、今度は耳を貸せと。
「昨日のことは感謝するよ。」
そう耳元で囁かれ、リザは驚きロイを見る。ロイはひとつ咳払いを小さくするとそそくさと会議に向かう準備をした。
「早く行かねばクソジジイどもがうるさいからな。」
と、直ぐに話を変え、部屋を出て行く。
どうやら昨夜彼を部屋まで運んだことだけではなさそうだ。
「いえ。」
そう返し、ロイの後を付いていくように机に戻り中尉は仕事に戻った。
髪留めを先ほど返してもらったものに変える。
「あの方に悲しい涙は似合わない。その涙を流させない為、私は引き金を引く。」
―――あの方を守るため、そして自身を守るため―――
「私は約束を守り抜いてみせる」この髪留めは昨日からその意思を確認する物となった。リザの進む路を確認するものと。
その髪留めをしてリザ・ホークアイは今日もロイ・マスタングの傍に。
篤貴様からもらったロイアイ小説です!
もし書いたらサイトに掲載してと言われたので、
貰い物って形ならオッケーっと言って、頂きました!
久しぶりに素敵なロイアイを読んでルンルンでした。
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