girasole

【compleanno】





 今頃、綱吉は夏休みの宿題に梃子摺っているんだろうな、と思いながら、は目の前に置いてある紅茶に口を着けた。テラスで紅茶とはなんて優雅なのだろうとも思いながら。
 夏休みも後半。というよりも、夏休みが終わるまで、あと数日だ。
 登校日には宿題を出さなければならない。夏休みの宿題ほど、やっかいな物はない。問題集ならまだマシだが、なぜか、夏休みになると、読書感想文や自由研究。何かのポスターに標語。とにかく、手間のかかるものばかり。
 本当なら、コツコツと毎日すればいいものだが、大体の子供は、夏休みの最後に泣きながら、そして、親に手伝ってもらいながらすることになるのだ。
 もちろん、それは、綱吉も同じで。毎年、も手伝っていた。

「今年は手伝ってあげれないけど、頑張れ綱吉」

 届くわけの無いエールを、送る。
 手伝うのがイヤで、手伝わないわけではなく、今年は手伝えない。
 その理由がとても単純。今、が日本にいないからだ。

「やっと、ゆっくりできるぜ」

 声と共に、背に重みを感じる。重みの正体は、この屋敷の持ち主であり、現在のお付き合いの相手でもある金髪の青年。

「ディーノ、お疲れ」
「悪いな、俺が呼んだのに、相手してやれなくて」
「いいよ。ディーノが忙しいの知ってるし」

 キャバッローネは大きな組織。その組織を束ねるのだから、忙しくて当たり前だ。
 普段は、その忙しい合間を縫って、日本に来てくれている。そんなディーノにイタリアに来ないかと、誘われたのは、8月が終わるのも、あと一週間という時だった。





『Pronto? 
「ディーノ! 珍しい、こんな時間にかけてくるなんて」

 イタリアと日本は時差があるから、お互い、電話をかける時は、時差を考えてする。
 だから、ディーノがこんな時間にかけてきたことには驚いた。

の声が聞きたくなったから』

 ディーノの言葉に、の心臓が跳ねる。電話というのは、相手に自分の表情が見えない。だから、今赤くなっているであろうの表情もディーノが知ることはできない。しかし、その分、受話器を耳に当てているため、耳元で囁かれている錯覚も覚える。

「……何か、あった?」

 ディーノの声が、若干違うような気がして、は思わず尋ねていた。仕事のことだとか、ファミリーのことだとか言われたら、にはなんのアドバイスもできない。
 それでも、聞かずにはいられなかった。

『何も、ねえよ。……………………なあ、、夏休み終わるのは、まだ先だろ?』
「うん、九月になってもまだ、夏休み」
『なら、こっちに来ねえか?』






 ということで、は現在、キャバッローネ。つまりは、ディーノのところでお世話になっている。
 普段は、ディーノが来るのに、今回は、ディーノからイタリアに来ないかといわれた。
 大学の夏休みは、綱吉たち中学生などとは、若干期間は違うので、言われるままイタリアにきた。
 仕事はやはりあるから、時間を作って、ディーノはなるべく一緒にいてくれる。キャバッローネの人たちと話したりもするから、自身は退屈はしていない。

「……を連れて行きたい所がある」

 に抱きついたまま、ディーノは呟いた。彼にしては、珍しく、目的地を言わない。
 しかし、に断る理由もなく、言われるままについていった。

 そして、連れられた場所は、石の立ち並ぶ、墓地。
 ディーノはその墓の中の一つの前で立ち止まった。
 そして、用意していた花束を置く。

「この墓には、先代のキャバッローネのボスが眠ってる」

 ディーノは墓に視線を向けたまま、呟いた。
 先代の、ということは、この墓はディーノの父の墓ということだ。

「今日は、エンツィオの誕生日なんだ」
「エンツィオの?」

 エンツィオというのは、ディーノの飼っている、スポンジスッポンだ。

「ああ、俺がキャバッローネのボスになって、エンツィオが生まれた日。そして……親父が死んだ日……」

 ディーノの言葉に、はディーノを凝視する。
 やはり、ディーノは墓に視線を向けたままだ。
 墓を見つめるディーノの表情は、悲しさとも、悔しさとも取れる。
 そんなディーノを見て、は自分のことのように、胸が苦しくなり、ディーノの手を強く握った。
 応えるように、ディーノは握り返してきた。

「俺の戒めの日だ……」

 『今日』一体何があったのか、は知らないし、ディーノの父親がどうして亡くなったのかも知らない。
 でも、ディーノが父親を大切に思っていて、その大切なものをなくしたということは明らかだ。
 大切な人がいなくなる。その悲しさとか悔しさはも少しは分かる。自分と重ねたわけではないが、も小さいときに、目の前で大切な人を失った。それに、危うく、また大切な人を失うかもしれないこともあった。

「親父、彼女が俺の一番大切な女(ひと)だ」

 は、ディーノが語りかけているのを、黙って聞いていた。

「今は、何が大切なのか、よくわかってっから、絶対、彼女を守りぬく。だから、俺達を、キャバッローネを見ててくれよ」

 そう言ったディーノの表情は、とても優しくて、でも、少し悲しくて、の瞳には涙が溜まっていた。
 ディーノは少し笑いながら、その雫を拭う。

「可愛い顔が台無しだ。ほら、笑って。じゃねーと、親父に怒られちまう」

 は、頷き、涙を拭って、少し微笑んだ。


Fine 戻る

卯月 静 (09/08/29)