girasole
【Epifania】
国の違い、文化の違いというものは、どうにも避けられないもので、それは、重んじる行事にも自ずと出てくるもの。
新しく掛けられたカレンダーを見て、は溜息をついた。
仕方ない、そう自分に言い聞かせる。
ディーノは忙しい、その上、長時間の移動は、の負担になるからと、ディーノが日本に来ることの方が多い。
去年のクリスマス、つまりは、先月のことだ。イタリアでは、クリスマスは家族と過ごす。日本では、クリスマスは恋人と過ごすということが定着しているが、本場イタリアではそうではない。
だから、ディーノが日本にこれるはずもなく、しかし、がイタリアへ行こうかと言えば、断られた。
日本の正月は、家族で過ごすことが主流。それをディーノも知っていて、イタリアへ渡って、すぐに日本に帰るのは疲れるだろうということらしい。
としては、その程度で疲れたりはしないし、ディーノさえ迷惑でなければ、年末年始をイタリアで過ごしてもよかったのだ。なんせ、イタリアは、父の生まれ育った場所なのだから。
しかし、年始は年始で、パーティーの付き合いがあるらしく、相手ができないから、寂しい思いをさせてしまう。だから、日本で、綱吉達と正月を過ごした方がいいと諭されてしまった。
歳の差は僅か、なのに、ディーノの方が何倍も年上のように感じてしまう、同時に、自分が酷く子供っぽいような気がして、拗ねたように了承すれば、彼は困ったように笑っていた。
もちろん、クリスマスの日も、大晦日から新年に掛けても電話はあった。
しかし、それには時差というものがあり、ディーノは日本時間に合わせて電話を掛けてきた。だから、イタリアと日本では、ずれがあったに違いない。クリスマスは、25日に電話があったから、向こうはイブ。それはまだいいとして、新年はイタリアでは、まだ年が変わっていなかった。
それなのに、「一番にに挨拶したかったから」と、日本で日付が変わる前に電話をしてきた。
もちろん、それが嬉しくなかったはずはない。ディーノの声が聴けただけでも、嬉しかった。
でも、やっぱり、足りないのだ。
会えないなら、声だけでも。そう思いながら、声が聴けたら会いたくなる。
自分はなんて、欲張りなんだろうか。
「もう、お正月も終わっちゃった」
カレンダーの日付は1月5日。正月の三箇日も終わり、社会は仕事始め。大学も、既に開いていて、正規の講義はないにしろ、集中講義などの、イレギュラーな講義はある。
「さて、レポートするかな」
講義初日から、課題が出た。
それほど時間のかかるものではないが、することがない今のうちに、片付けておくのが得策だろう。
は、パソコンを立ち上げて、いくつかの資料を鞄から出す。
パソコンが立ち上がり、途中になっているレポートのファイルを開く、その瞬間、携帯が鳴った。
「……ディーノ?!」
携帯のディスプレイに表示された名前を見て、声を上げる。
そして、は慌てて、電話に出た。
「も、もしもし」
『、外見てみろよ』
「外?」
言われて、は、窓の外を見る。
すると、玄関のところに、こちらを見て手を振っているディーノが居た。
「すぐ、行くからっ!」
一言言うと、は、パタパタと下に降り、玄関に向かった。
「どうしたの、急に……っ?!」
玄関を開け、何故彼がここにいるのかと問おうとした途端、抱きしめられた。
「…………すげー、会いたかった……」
耳元で、囁かれるディーノの声にの心がきゅっと締め付けられる。
会いたかったのは、自分も一緒だ。
「……私も、会いたかった」
小さく呟いて、ディーノの背に腕を回し、ぎゅっと服を握れば、を抱きしめている腕の力が強くなる。
しばらくそうしていたが、どちらともなく、腕の力を緩めた。
顔を上げれば、ディーノと視線が合い、頬に熱が集まる。
「きゅ、急だったね?」
誤魔化すように、言葉を紡いだ。
「クリスマスも、新年も会えなかったからな。寂しい思いさせたよな……」
きっと、最後にあった日に、が拗ねたように答えたことを気にしていたのだろう。
クリスマスの日の電話でも、ディーノは「寂しい思いさせてごめんな」と謝っていた。
もちろん、そんなことも、もう気にしては居ないし、仕事と私どっちが大事なのなんて、馬鹿な質問をする気もない。
「だから、もういいって。気にしてないから、ね?」
「ああ。でも、本当は、に寂しい思いをさせたっていうよりも、俺が寂しかったんだけどな。俺が来なくていいって行ったのに、イタリアに呼べばよかったって何度も思った」
そう笑いながら、言うディーノはいつもとは違い、少し幼く見えた。
「だからな、今日、クリスマスのプレゼントを貰いに来た」
「……え?」
クリスマスのプレゼントなら、既に郵送で贈って、受け取ったとディーノ本人から聞いたし、とても喜んでくれてたはずだ。
ディーノの言葉の意図が分からず、は首を傾げる。
「イタリアじゃ、1月6日までクリスマスなんだぜ」
ディーノの話では、1月6日のエピファニアまでクリスマスシーズンが続くらしい。
「で、その前日の5日の夜には、ベファーナっていう魔女が、良い子にはプレゼントをくれるんだ」
そんな風習がイタリアにあったなんて、は初めて知った。
しかし、その話からすると、クリスマスの日のように、プレゼントの交換があるようには思えない。むしろ、プレゼントを貰うのは、子供のようなのだが。
「でも、何が、どうなって、ディーノがプレゼントを貰うことになるの?」
「クリスマスも、年末年始も愛おしい恋人に会わないで、頑張って仕事をこなしたんだ。いい子にはプレゼントがあって然るべきだろ」
いたずらっ子のように笑いながらディーノはそう言った。
「って、言っても、プレゼントなんて、何も……」
イタリアのそんな風習のことなど、今始めて聞いたし、ディーノがプレゼントを強請るなんて思っても見なかったから、何も用意していない。
「プレゼントなら、俺の目の前にあるだろう?」
「目の前?」
ディーノの目の前にプレゼントとは、と考えていると、ジッと自分を見つめるディーノと目が合う。
「……それって……えっと……その……私、とか?」
しどろもどろになりつつ、答えると、慈しむような視線と、笑顔が返ってきた。
「…………私、でいいの?」
「がいい」
ディーノの答えに、の体温が上昇する。
がプレゼント、ということは、つまりはそういうことで……。
「駄目か?」
を見つめながら、問いかけるディーノに、言葉が出ず、は首を横に振る。
それを見て、ディーノの表所は見る見る明るいものとなる。
そして、懐から、携帯を取り出すと、どこかに掛け、すぐに、黒塗りの車が止まった。
「そうと決まれば、一秒だって惜しい」
言うや否や、を抱き上げ、車に乗せる。
「ディーノ?! 綱吉とかに連絡……」
「それは、俺がしとくから」
そういって、は強引に唇をふさがれた。
ドアの閉められた黒塗りの車は、そのまま沢田家の前から走り去った。
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卯月 静 (10/01/05)