girasole
【Grazie!】
キャバッローネの屋敷に、盛大な溜息が響く。
「おい。ボス、それ一体、何度目の溜息だ」
「仕方ねえだろ。折角明日は俺の誕生日だってのに、に会えないなんて……」
呆れているロマーリオの言葉に、ディーノは拗ねたように答える。
今言ったように、明日は、ディーノの誕生日だ。
それは、目出度く、喜ばしいことだ。しかし、マフィアにはマフィアなりの付き合いと言う物があり、明日はディーノ主催で、誕生日パーティーが行われる。
これは、毎年のことで、このパーティーで顔を売り、新しい繋ぎを作る。キャバッローネのボスという立場から、外すわけにはいかない。
年末に会えず、エピファニアにやっと会えたと思ったら、今度は誕生日に会えない。
エピファニアの時に会ってから、日本に行くことができなかったから、一ヶ月近くオアズケをくらっている。
の声が聴きたい、顔が見たい、触れたい、抱きしめたい、キスしたい……等々、頭を過ぎるのはそんなことばかり。
「ほら、惚けてないで、早く書類片付けてくれよ。パーティー終わっても残ってたんじゃ、日本に行けないぜ」
「……分かってるっての」
ドンッと目の前に置かれた大量の書類に、若干ゲンナリしつつ、でも、に会うためだと、なんとか一枚一枚終わらせていく。
本当は、明日のパーティーに彼女を呼んでも良かったのだ。
でも、マフィアも集まるこのパーティーに、彼女を連れて行きたくなかった。それは、彼女を他の男に見せたくないという独占欲ではなく
彼女の父親は、時期ボンゴレボスにといわれたほどの実力者だったヴァリアー幹部。彼女のことを、ボンゴレは表には一切出さなかった。もし、パーティーで彼女の出自がバレれば、彼女は好奇の目で見られることになる。
それは、ディーノが嫌だった。
そして、いずれ、彼女がディーノのもとに来るまでは、マフィアとは無縁の生活をさせてあげたいのだ。
きっと、自分と一緒になれば、生活は一変するだろう。彼女は普通の女の子だ。だから、それまでは、今まで通りの生活をして欲しい。
「諦められれば、楽なんだけどな……」
をこちらの世界に連れてくることを、自分の隣にいてもらうことを諦めれば、こんな想いをすることはないだろう。
しかし、もう無理だ。
唯一、ディーノがマフィアではなく、ディーノ自身で居られる場所が、彼女の隣。一度、甘い蜜の味を知ってしまえば、もう、それを手放すことなんてできない。
だからこそ、自分の誕生日は、彼女と二人で過ごしたかった。
一日仕事を休みにして、一日中彼女と過ごしたいというのは、叶わぬ夢。
彼女が、キャバッローネに来た時に、周りにできるだけ味方がいる状態にするためにも、今回のパーティーに出ないわけにはいかない。
彼女と過ごす誕生日は、少し先までオアズケだ。
「……って、オアズケばっかりじゃねえかっ」
俺はどこまで我慢すればいいと、嘆きながら、ディーノは机に突っ伏した。
『Buon compleanno, Dino.』(誕生日おめでとう)
「Grazie」
4日になると、すぐ、ディーノの携帯が鳴った。ディスプレイに『』と表示されているのを見た瞬間、通話ボタンを押した。
愛おしい人の声。それだけで、今までの疲れが飛ぶ。
『時差とか計算して、電話してみたんだけど……』
「ああ、ちょうど、4日になったばかりだ」
『よかった。一番に、ディーノにおめでとうって言いたかったから』
今すぐ、飛んで行って、抱きしめたい。
「………………」
『ディーノ?』
「あ、ああ。まだ以外には言われてねえから、が一番だ」
『こんなことで喜ぶなんて、子供っぽいよね、私』
「そんなことは」
『ディーノ相手じゃなきゃ、こんなことしないけど』
電話越しってのが、もどかしいっ!
『プレゼントも用意してあるから、ちゃんと受け取ってね』
「ああ、楽しみにしてる」
『深夜にごめんね。ゆっくり休んで。buona notte.』
「buona notte.」
通話を切り、ディーノはまだ、終わらぬ書類の上に突っ伏した。
誕生日最初に言葉を交わした相手が。なんと幸せなことだろうか。しかし、同時に不幸でもある。
声は聴けて癒された。しかし、それ以上に、ディーノの中の欲は溜まるばかり。
パーティーは豪華だった。
若いといえども、周りに一目置かれているキャバッローネのボスの誕生日とあらば、これを気にコネクションをと思う者は少なくない。
主催者であり、本日の主役でもあるディーノの周りには、常に人が集まっていた。
皆、ディーノに祝いを述べ、褒めちぎる。できるだけ、印象良く、これからの為に、できるだけ、繋ぎを作って置こうとする。
もちろん、それだけではなく、見目麗しい、若きキャバッローネのボスの一番になろうと、女性達はディーノに一生懸命アピールする。
女性達は皆、彼は独身だし、上手くいけば、キャバッローネ夫人の座を射止めることができる。ジャッポーネの女性に入れ込んでいるという噂もあるが、今彼がその噂の女性を連れていないところをみると、一時的な遊びか噂自体がデマだったのだろうと思っていた。
「やあ、ディーノ、誕生日おめでとう」
ディーノに声を掛けたのは、ドン・ボンゴレ。彼がくると、周りの者は彼の為に、その場を譲る。
「ありがとうございます、九代目」
「ところで、そろそろダンスが始まるだろう。もう、踊る女性は決まっているかな」
「いえ、ですが、俺は今夜は」
踊るつもりは無いと、言おうとしたが、九代目に遮られる。
「そうか、なら、是非、この子を踊ってくれないか。私の親戚の子でね、どうも君を気に入っているらしい」
九代目の言葉に、ディーノは驚く。九代目は、ディーノにはがいることを知っているはずなのに。
しかし、相手が九代目では、断るわけにも……。
「ドン・キャバッローネ。私では、ダンスのお相手には、役者不足かしら?」
「スィニョリーナ、まさか、そんな……こと……は……」
九代目の親戚だと紹介された女性を見て、ディーノは固まった。
「あら、どうかなさいました?」
クスクスと笑う彼女は、紛れも無く。
「い、いや……」
「相手、して頂けませんの?」
「いいえ、喜んで」
の差し出した手をとり、ディーノはとダンスの輪に入った。
「いつ、こっちに来てたんだ?」
キャバッローネ邸のディーノの部屋。上着を脱ぎ、ネクタイを解く。
は、まだドレスのままベッドの端に腰掛けている。
「昨日の夕方」
「昨日? ってことは、あの電話は…」
「イタリアから」
あの電話の時に、はイタリアにいたのだ。知っていれば、すぐにでも迎えに行ったのに。
「ディーノは準備とかで忙しかったでしょ? だから、ボンゴレにお世話になってた」
「呼んだのは九代目?」
「うん。でも、会場付くまでなにも教えてくれなかったんだけどね。知り合いのパーティーとしか聞いてなかったし」
「怒ってるか?」
「何で?」
「パーティーに呼ばなかったこと」
「正直、寂しかった……けど、ディーノの気持ちが分からなくはなかったから」
「……」
ディーノは、の隣に座り、彼女の肩を、
「そうだった、プレゼントッ!」
抱こうとして失敗した。
が唐突に立ち上がったのだ。
部屋の隅に置いてあったバッグから、ラッピングされた箱を取り出す。
そして、ディーノの前に立ち、差し出した。
「はい、誕生日プレゼント」
「ありがとう。誕生日当日に貰えると思ってなかったぜ」
が誕生日プレゼントを用意していることは聞いたが、会えないから、きっと、数日後だと思っていた。
時計を見れば、まだ、2月4日。かろうじて、まだディーノの誕生日。
「開けてみて、いいか?」
「もちろん」
ディーノは、逸る気持ちを押えながら、包みを開け、中に入っている箱を開けた。
「万年筆?」
中にあったには、黒のシンプルな万年筆。
「これなら、ずっと使ってもらえるかなって……でも、いつも使ってるのがあるか」
「いや、これからこっち使うぜ!」
ディーノは飛び切りの笑顔をに向け、立ち上がり、を抱きしめた。
「俺、もう1個プレゼント欲しいんだけど?」
「も、もう1個? もう、ないよ?」
の耳元でささやくと、が反応するのが可愛くて、更に耳元で囁く。
「これ以上、我慢できねえ……」
彼女が耳が弱いと知って、耳に息を掛ける。ビクンッと反応する彼女に自分の中の欲が増すのを感じた。
しかし、今更止められるわけもなく、止める気もない。
これ以上のオアズケはごめんだ。
「誕生日の俺のお願い、聞いてくれるよな?」
を見て、そういえば、彼女は涙目になった瞳でディーノを睨んでいる。もちろん、それはディーノには逆効果だ。
「私が、断れないの知って、言ってるくせに」
その言葉を、ディーノは了承の言葉と取る。
なんと言われようとも、このチャンスを逃すわけがない。
ディーノはを抱き上げ、ベッドに寝かせる。
を見下ろし、その唇に口づけをというところで、制止の声がかかる。
「待って。一番に電話では言ったけど、直接言いたい。……誕生日おめでとう、ディーノ。貴方が生まれてきてくれて、出会えて、とっても幸せだよ」
そう言って、は、ディーノの首に腕を回し、自らの方へ引き寄せる。そして、そのまま、ディーノに口付けた。
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卯月 静 (09/02/04)