私はこの手で、いくつの生命を奪ってきたのだろう……。
いくつの…………悲しみを…………。




君だけは……






「…………さ、……いさ、マスタング大佐っ!」
「?! ……中尉か……」
「どうかなさったんですか?先程からいくらお呼びしても反応がありませんでしたが」

 目の前にいるのは金髪の美人。リザ・ホークアイ中尉。

「いや、なんでもない。すまない」

 呼ばれたのは、ロイ・マスタング。彼女の上司で焔の錬金術師だ。

「今晩の予定をどうしようかと考えていただけだよ」

 と、にっこり笑って、答える。
 今晩の予定=デート。
 この上司の色ボケぶりは今に始まったことではない。
 相変わらずなロイの態度にリザは呆れる。

「……そうですか。では、デートのご予定があるのでしたら、この書類を片付けてからにして下さいっ!」

 ドンッ!! という音と共に、ロイの机に書類が置かれる。それも、大量の……。

「ちゅ、中尉……。確か……さっき、仕事は全て終わらせた……はず……では……?」

 先程までロイの机の上にあった書類の山は、必死で終わらせた…………はずなのだが……。

「先程のは、昨日の分です。こちらが今日の分ですので、ちゃんとやって下さいね。大佐」
「…………わっ、悪いが、中尉。私は今日これから、人と会う約束をしていてね。この、書類はできそうにないから明日やることにするよ」

 とロイは椅子から立ちあがった。
 しかし、ガシャッ、とゆー音と、こめかみの冷たく硬い感触に、ロイは立ち上がったまま固まった。

「大佐…………仕事に戻って下さい。でないと……………………撃ちますよ?」
「わっ、分かったっ! だからそれを下ろしてくれっ!」

 ロイは両手を挙げ、冷や汗をかきながら観念する。
 銃を突きつけられて、それでも逃げようなどと実行しようものなら…………と考えロイは恐ろしくなる。
 いくら中尉といえど、仮にも上官であるロイに当てたりはしないだろうが、それでも怖いものは怖い。
 リザに見張られながら、仕方なく山のような書類に執りかかった。




「お疲れ様です、大佐」

 山のような書類が終わったところで、リザがコーヒーを持ってきてくれた。

「ああ、ありがとう、中尉」
「のんびりしておられていいのですか? 今夜もデートの約束があったのでは? 今ならまだ間に合うと思いますが」
 「人に会う約束」としか言ってなかったのだが、リザはその相手が女性だと分かっていたようだ。
 さすが、焔の錬金術師ロイ・マスタングの副官。といえば聞こえはいいが、ロイの普段の行動を見ていたら予想はつく。東方司令部の全員が、当てることができるだろう。
「今日は断ったよ」
「珍しいですね。大佐がデートの約束を断るなんて」

 とリザは、本当に不思議そうにしている。

「……そこまで驚くことはないだろう。君は私のことをどういう風にみてるんだ?」
「でしたら、いい加減遊ぶのはおやめになったらどうです? 好きな方とかいらっしゃらないんですか?」
「はは、愛しい女はいるよ」

 答えたロイは普段見たこともないような、優しい表情でリザを見ていた。
 女性に向けているときの表情でもなく、本当にその人のことが大切だと分かるような。

「でしたら……」
「だが、特定の恋人など作ったら、可愛そうだろう」
「……他の女性が、ということですか……」

 せっかく見直しかけていたのに、とリザは呆れた。

「いや……」

 しかし、帰ってきたのは予想していたものとは違うものだった。

「私の恋人になった女(ひと)が、だよ……」
「……どういうことですか?」
「……私は軍人で、国家錬金術師だ。今までも多くの生命を奪ってきた……」

 だから自分は相応しくない、とでもいうのだろうか。

「自分が彼女に相応しくないと思っているわけではないが、いつ命を落としても不思議ではない。もちろん、私には野望があるし、達成するまで死んでやるつもりもない。だが……万が一私が死んでしまったら……残された彼女はどんな思いをするのだろうな……。私は彼女だけには悲しんでほしくはないんだよ……」

 ロイはとても悲しそうに微笑んでいて、見ていたリザの方が、切なくなった……。

「……ですが……それでは、大佐が……」
「私は彼女が幸せならそれでいい。……君がそんな顔をする必要はないよ……」
「私がその方なら……少しの間でも……傍にいたいと……」

 大佐だけがそんな思いをする必要はないのに……。
 ロイは立ち上がり、リザの傍に行く。

「悪かった、君を泣かせるつもりは無かったんだがな」

 困ったように笑いながら、ロイはリザの髪をなでる。とても、愛しむように……。


自分は今まで多くの命を奪った。
それと同じくらい、もしくはそれ以上に、多くの悲しみも生み出した。
だけど、大切な人の悲しむ顔だけは見たくないから……。
自分がいなくなっても、立ち止まらないでほしい……。


-END- 戻る


シリアスが書きたくなって、書いたもの。
最後の言葉は大佐と中尉のどちらの言葉なのか卯月自身分かってないです(笑)
読み返して「これって、中尉も当てはまるんじゃ……軍人だし……」なんて、思ったりしたんで。
卯月 静