「見合い……ですか?」 東方司令部の、グラマン中将の執務室で、いつもの通りロイはチェスの相手をしていた。 「うん。君もいい年でしょ。そろそろ、身を固めてもいいんじゃない」 「ですが……」 「誰か、心に決めた人がいるのなら、無理にとは言わないけどね」 「……いえ、そういった人物は……」 「ホイ、チェック」 「あ……」 話に動揺したためか、はたまた別の理由か、いつもよりも、早く勝負がついた。 「会うだけでも、会ってよ。ワシの顔を立てると思って」 見合い東方でも有数の、高級レストラン。 その個室に、ロイはいた。もちろん、グラマンが持ってきた見合いの為だ。 本来、見合いの顔合わせであれば、双方に付き添いの人物がいはずなのだが、 「君、女性の扱いには慣れてるでしょ」 という、分るんだか分らないんだかな言葉で、付き添い者はいない。 つまりは、いきなり二人っきりで夕食をということだ。 グラマンから、相手の女性のことを多少は聞いている。 軍部の将軍の孫娘。頭も良く、中々の美人らしい。どうも、真面目過ぎるところがあるようで、その為か、あまり浮いた話がないらしい。 その話を聞いて、ロイは、リザを思い浮かべた。 彼女も、優秀で、美人。多少お堅いところもあるが、可愛いところがあることも知っている。 何より、自分を一番理解してくれている女性は、彼女以外いないだろう。 だが、残念なことに、リザとは、恋人同士というわけではない。 昔からの馴染み。そして、上司と部下。 きっと、彼女はそうとしか思っていないだろう。 ロイ自身はどうかといえば、そこは、微妙なところではある。 リザが、まだ子供の頃から知っていた。自分を兄のように慕ってくれて、可愛いと思っていた。 大人になり、戦場で再開した時は、成長した彼女に再会できて、嬉しく思うと当時に、哀しかった。 再開の場が、戦場でなければ。彼女が軍人でなければ、きっと、素直に喜べただろう。 そのためか、上司と部下という気持ち以上の物はあるが、これが、恋愛の類かといえば、ロイ自身にも分らなかった。 「すみません、遅れてしまって」 「いや、私も先ほど着たばかりだ。……ん?」 「え……?」 ロイは、反射的に、答えたが、自分の発言に違和感を感じた。いろんな女性との浮世を流したのは、伊達ではない。女性に、先ほどのような返事はしない。ましてや、初対面だとすれば、尚更だ。 しかし、反射的に、本当に無意識に答えていた。 それは、相手の女性を見て、すぐに分った。 「大佐、どうして、ここに」 「中尉こそ……」 現われた女性は、間違いなくリザ。先ほども、リザの声だったから、反射的に、いつものように答えたのだろう。 「やられたっ……」 ロイの脳裏に、面白そうに笑うグラマンが浮かぶ。 確かに、リザは、グラマンの孫娘。つまりは、軍部の将軍の孫娘で、見合い相手の話を聞いて、彼女を思い浮かべた通り、頭が良く、美人で真面目だ。 「あの、大佐……」 「ああ、すまない。座りたまえ中尉」 「え? ですが……」 「グラマン中将に言われて来たのだろう。君の見合い相手は、私だよ」 「え……」 「折角だ、私と食事して帰るくらい構わないだろう? それとも、私が相手では、不服かな?」 「いえ、そんなことはありませんが……」 リザは戸惑っている。無理も無い。見合いだと聞かされていたのが、自分の上司だったのだから。 「大佐こそ」 「ストップ。今日は、見合いという形でここに来てるんだ。お互い、名前で呼ぼうじゃないか。どうだ、リザ」 ロイがリザと呼ぶと、リザは少し驚く。 「……そうですね。一応は、お見合いということですし、マスタングさんとお呼びしても」 「出来れば、ファーストネームの方が嬉しいんだが……」 「ファーストネーム……ですか?」 リザは多少躊躇う。無理も無いだろう。上司の名前をファーストネームで呼ぶのだから。 「では……ロイさん、と」 リザが、「ロイさん」と口にしたのを聞き、ロイの口元が綻ぶ。 上司と部下ではなく、そして、兄と妹のような関係でもなく、男と女として、リザと過ごせるのはとても貴重だと思った。 「今日は、ありがとうございました。それと、祖父がすみません」 「いや、リザが気にすることはない。とても楽しい時間が過ごせたからね」 リザの家まで、彼女を送り、その別れ際。リザは大丈夫だと言ったが、部下といえども、見合い相手をほっておいて、帰るというわけにはいかない。 リザはとても申し訳無さそうにしているが、ロイとしては、普段見れない格好のリザも見れて、一緒に食事も出来、名前も呼んでもらえてと、役得以外の何ものでもない。 つまりは、先ほどの言葉は、本心であるが、リザは社交辞令と思っているのだろう。 「そう言って貰えて嬉しいです」 「本当は、この後も君と過ごしたいんだがな」 「え?」 「今回はやめておくことにするよ。ほら、このままでは風邪を引いてしまう。早く家に入るといい」 そういうと、ロイはその場を立ち去った。 今彼女は、どんな顔をしているのだろうか。気にはなる。が、ここは、振り返らず帰ることにする。 今度は、本当にプライベートでリザを誘ってみるのもいいかもしれないと、口元を綻ばせ、ロイは帰路についた。 -END- 戻る 卯月 静 |