アンブレラ
はぁ……っとロイはため息をついた。
ここのところ、雨が続いていていてひどく憂鬱になっていた。
焔の錬金術師であるロイはいちいち練成陣を書かずとも発火布で焔を練成できる。
しかし、雨の日はその発火布が使えない。
そのために雨が降るために「無能」と言われてしまう。
「中尉……そろそろ視察の時間だと思うのだが……」
ロイは副官であるリザに声をかけた。
「雨の中出かけられるのですか」
「しかし、今のところ書類も終わっているのだから……」
溜まっていた書類の山は全て終わっていた。
「確かに終わってはいますが、雨の日は外出は控えた方がよろしいのでは?」
実力の出せない雨の日は狙われやすい。
「心配なら君が護衛に一緒に来てくれればいい」
とリザに向かって言う。
「…………わかりました」
少し悩んでいたがリザはロイの護衛をすることにした。
誰かに任せてもよかったのだが、傍にいた方が心配しないですむ。それに今のところリザ自身の仕事も終わっている。
「では、頼むよ。中尉が一緒なら安心だ」
ロイはとても嬉しそうだ。
出かけることがうれしいのかそれともリザと一緒なことが嬉しいのか。
雨が振っているため、二人は傘をさしている。 一人一本づつではなく二人で一本だ。
つまり、相合傘をしていることになる。
雨は降っているが通りには幾人かはいた。
ロイはいつも通り行き交う人々(主に女性)に挨拶をしている。
イーストシティーの住人の軍に対する評価はそんなに悪いものではない。
これも、ロイのおかげだろう。
声を掛けているのは専ら女性ばかりだということにはいくらか目を瞑っておこう。
まあ、いつものことだし。
そこまで思って、リザは相合傘はまずかったのではないかと思った。
リザがロイの副官であるということは知らない人はいない。しかし、ロイが女性と相合傘をしていたらいやな思いをする人がいると思うのだが。
「大佐」
「なんだ?」
「よろしかったのですか、もう一本傘をお持ちしなくて」
リザの言葉にロイは不思議そうにする。
「別に一本でも問題はないだろう」
と言いながら、ロイは街の女性たちに手を振っている。
「それに彼女達のことなら君が気にする必要はないよ」
彼女達というのは、きっとロイに好意を寄せている女性たちのことだろう。
(どうして、私が思っていることが大佐はすぐ解ってしまうのだろう……)
一通り終えて司令部に戻る。
机には再び資料が山のように積まれていた。
それを見て、ロイはまた溜息をついた。
「ほんの少しの間だというのに……」
と言いながら、ロイは自分の机ではなく、ソファーに座った。
リザは淹れてきたコーヒーをテーブルにおく。
「雨さえ降ってなければ仕事などおいて出かけるんだがな」
「晴れていても仕事はしていただきますよ」
ロイはじっとリザをみている。
「今日は雨だったが、そのおかげで君と相合傘ができたのはよかったな」
そのロイのことばに自分の分のコーヒーを淹れていた、リザの手がとまる。
「変なことおっしゃらないで早く仕事をしてください」
「たまには雨の日もわるくないな」
「いつも、雨の日は『無能』と言われるから嫌だとおっしゃってたじゃないですか」
「別に雨の日が好きになったわけではないが…………君はどうなんだ?」
と、ロイはリザに尋ねる。
「私……ですか?」
リザは少し考え、答える。
「そうですね。雨の日は、好きではないです。……不安になってしましますから」
リザはロイが心配するほど強い女性だ。
ロイはそんな彼女が自分に、普段表に出さないようなことを言ってくれたことが嬉しかった。
「それは私のせいかな?」
ロイは苦笑しながら、リザに尋ねた。
「……そうです。わかっているのなら、早くこの書類を終わらせてください」
と、言ってロイの机の上にある書類の山を指した。
書類の山は先程から全く終わっていなかった。
「わかった。雨も降ってることだし、私はおとなしく仕事をするよ」
ロイはいやいや、仕事に取り掛かった。
しかし、その口元には笑みがこぼれていた。
-END-
卯月 静