【戦国御伽草紙:鬼ヶ島の乙姫】

番外編 三万の言葉





 文は相手のことを想い書くもので、それが本人が自ら書いているとあれば、その文の重要性もあがる。
 貰った方は嬉しいし、送った方もかなりの想いを乗せて書いている。


 が元親のところに来てから数ヶ月が経ったが、生活にも大分なれた。
 長宗我部の者達、つまりは元親の部下達はに良くしてくれている。元親のことをアニキと慕っている彼等は、のことを「アネゴ」と呼ぶようになった。
 不思議とそう呼ばれることに違和感はなかった。
 それは、彼等が本当に自分を慕ってくれていることが分かるからか、それとも、が何も気にしないからかは分からないが、到って普通に馴染んでいた。
 それは元親にとって、嬉しくもあり、反対に寂しくもあった。
 慣れない土地で、きっと自分を頼ってくれるんじゃないか、という下心が少なからずあった為だ。
 もちろん最初の頃は元親によく頼っていた。しかし、それも直ぐになくなり、逆に部下達から慕われる存在までになった。
 ムリヤリここに連れて来た訳ではないはずだが、もしかしたら、領主の言葉だからと、来たくないのに来る羽目になってしまった。と、そうは思っているのではないかと頭を過ぎる。
 そんなことはないはずだ。と頭を振って否定はするが、到って冷静な、独眼竜あたりに言わせれば「くーる」なの様子を見ればそう思ってしまっても仕方がないだろう。
 それでも、毎日部屋に元親が行くのを嫌がらないのは少なくとも嫌われてはいない証ではあるのだが。

。入るぜ」
「ええ、どうぞ」

 の返事をろくに聞かず襖を開けると、は何かを木箱に終う所だった。
 その何かはどうやら紙のようだったが、何が書かれているかは全く分からなかった。分かったのは紙製であるということのみだ。

「元親様。どうされました?」
「それは……何でもねぇ。別に、得に用事があるわけではねぇんだが」

 先ほどの紙が気にかかる元親ではあったが、それが何かは聞けなかった。
 紙をが終っていたからと、別に訝しがる必要はないのだが、がまるで元親からそれを隠すように終っていたのが気にかかったのだ。
 その時は、当たり障りのない話をして、一日を終えた。


 数日経ったが、相変わらず気にかかって仕様がなかった。
 最近部屋に行くと、あの時のように、紙をしまっているを見る。
 あれに何が書かれているのだろうか……。
 ひょっとしたら、には想い人が居て、そいつからの手紙か、そいつの絵姿が書かれているのでは……。

「まさか……な……」

 のことだ、もし想い人がいるのであれば、はっきり元親の元には行けないと言ったはずだ。だが、こっちに来てからのことだったら……。

「あー!! 畜生っ!」

 に対する想いを抱いている元親にとって、先ほど考えていたことが当たっていたらと思うと気が気じゃない。
 鬼を呼ばれ畏怖されようが、好きな女の前では形無しだ。こういう時こそ男らしく行くべきなのだろうが、こうゆう方面にうとい元親はそうそう行動にでれない。
 そこで、とりあえず、悩みの元凶である、あの紙の正体を確かめる事にした。

「元親様、何をしてらっしゃるんですか?」
「?!」

 考えたらそこはすぐに実行ということで、さっそくの部屋に迎い、木箱を開けようとしていた。
 が、背後から声をかけられビクゥッと肩が震える。
 そろそろと後ろへ振り向くとそこには案の定が立っていた。

「いや、これは……」
「それの中身が気になるのですか?」

 言い訳しようにも、ズバリと当てられてしまった。

「別に見られて困るものでもありませんから、見ても構いませんよ。そんなにこそこそしなくても」

 は呆れ気味に笑い。木箱を元親の前に置く。
 そして、蓋を開けると、そこには数十枚の文が入っていた。

「文? これは……」
「お慕いしている方からの物です。やはり、お慕いしてる方からの言葉はそばに置いて置きたいですから」

 やはり、これはの想い人の手紙だ。ということは……。

「そうか……。悪かったな……」
「元親様? どうかなされましたか?」

 が困ったように元親の顔を覗き込む。
 元親はなんでもないと返事を返すが、その声には覇気が感じられない。

「…………元親様……何か勘違いされてませんか?」

 元親の落ち込みの原因を察したらしく、は文を元親に渡す。
 の想い人の手紙など見たくも無い。きっと、への思いが綴られているのだろう。
 だが、は中を見るように勧める。
 仕方なく開く。

「え…………」
「お分かり頂けましたか?」

 そこには元親の見慣れた文字があった。
 男の字にしては細く丁寧だと言われる文字体。
 その内容も覚えがあった。
 それも無理もない、その文の差出人は元親自身だ。

「ここに着てからは文のやり取りも無くなりましたから、時々読み返してたのですよ」

 微笑みながら答えるの頬は薄っすらと赤い。
 どうやら、元親は自分自身に嫉妬していたらしい。

 それから、元親はたまにに手紙を書くようになった。


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海雪様のお題。三万の花か言葉だったので、言葉をとらせて頂きました。
卯月 静 (07/09/04)