【戦国御伽草紙】

鬼ヶ島の乙姫 弐拾六





 長宗我部軍は、今日も今日とて海の上にいた。

「アネゴー! こんなに捕れたッスよー!」

 部下達は、魚の入った籠を持ち上げて、の周りに集まる。
 籠の中には、溢れんばかりに魚が入っている。

「今夜のご飯は、魚尽くしにしましょう」

 が提案すると、部下達は、喜びの声を上げる。これだけ大量の魚があれば、かなり色々な魚料理ができる。
 量は多いが、長宗我部軍皆が食べるとなれば、きっと、すぐに無くなってしまうだろう。
 部下に囲まれ、笑顔で笑うを見て、元親は、我知らず口元が綻んでいた。
 心なしか、以前よりも、の笑顔が晴れ晴れとしているように思う。

「じゃあ、この籠を向こうに持って行ってもらえますか?」
「了解ッス!」

 が頼めば、部下達は、嬉しそうに籠を運んでいく。
 部下が居なくなったのを見計らって、元親がに近づくと、がこちらに気づいた。

「元親様! お怪我は大丈夫なんですか?」
「こんな怪我大したことねーよ」

 は元親の怪我を案じ、心配そうに見る。
 明智は倒した。しかし、元親も負傷した。
 命に別状はないにしろ、深い傷な上、すぐに手当てができなかったことで、二、三日は高熱が出て、臥せっていた。
 臥せっている間、は、寝ずに看病をしてくれたらしい。

「元親様?」

 元親は、何も言わず、を腕の中に閉じ込めた。
 不思議そうに声を掛けるの言葉に返事を返さず、ただ、腕の中にがいることを確かめる。
 熱に浮かされている間、幼い頃の夢を見た。
 戦に行かず、女物の着物を着て、部屋に篭っていたあの頃の。周りに何を言われても、ずっと、屋敷から出ようとしなかった。
 熱がひいて、目が覚めた時、がいてホッとした。
 あのままの、姫若子のままの元親であれば、きっと、大切な物を護れなかっただろう。

「私は、ここにいますよ。私の『家族』はここの皆さんですから」

 元親が怪我をしたことに責任を感じ、がいなくなってしまうのではないかと、元親はそう思っていた。
 どうやら、そのことはに見抜かれていたらしい。

「ありがとな」
「お礼を言うのは、私の方ですよ。元親様が受け入れてくれなければ、私には居場所がありませんから」
「ここに連れてきたのは、俺だぜ?」
「気まぐれということもあるでしょう?」

 領主の気まぐれで連れてきたと思われてたとしたら、それは、元親にとっては、心外だ。
 というか、元親は、かなり分かり易く、に思いを告げているはずなのだが、どうも、そういう関係になっているように思えない。
 の元親に対する接し方は、尊敬する者に対するもののようで、元親としては、少しというか、かなり不満。
 この長宗我部軍を、が『家族』だと言ってくれるのは、嬉しい。元親にとっても、家族みたいなものだから。
 でも……。

……」
「はい?」

 元親は、を見る。

「俺は、お前のことが……」
「アネゴー!!! ちょっと手伝って下さーいっ!」
「はーい! 今行きまーす。ということで、元親様、お話の途中なんですけど、失礼します」

 そういうと、は、元親の腕から、すり抜けて、部下の所に行ってしまった。
 残された元親は、溜息を吐いた。
 なんと、間の悪いことだろうか。だからといって、呼んだ部下を怒るのもお門違いだ。
 元親は、部下と楽しそうに笑っているを見やる。
 彼女が笑顔でいられるなら、『家族』としての親愛でも、今は満足しておこう。


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卯月 静 (09/09/29)