【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】

番外編 想いを伝える日





 2月の14日。
 乙女の一大イベントのある日だ。
 が、それは現代でのこと。この戦国時代にある筈もない。

「どう、しようかなあ……」

 だって女の子。
 大好きな人にチョコをあげたい。が、チョコなんてものがこの時代にあるはずもない。
 こうなりゃ、自分でチョコに変わるお菓子を作るべきか。
 思い立って、は調理場に向かう。

「すみませーん」
様?! どうして、このような所に!?」
「あの……、できれば、調理場を貸して欲しいなーって、思ったんですけど……」

 遠慮がちにが言えば、意外とあっさり貸してくれた。
 どうやら、政宗もたまにここを利用しているらしい。

 は早速、お菓子作りを始めた。
 バレンタインにチョコとは違うお菓子を作るなんて思ってもみなかった。喜んでくれればいいなーと思いつつ、順調に作っていく。



「小十郎ー。もうそろそろ tea time じゃねえのか?」
「いいえ、あと一刻ほど先で御座います」

 小十郎の返答に政宗は溜息をつく。
 いい加減飽きた。そろそろ休憩したい。とりあえず、一刻我慢すれば、が茶と菓子を持ってくるはずだ。
 そう思い直し、しぶしぶ書類に向い直す。

 しかし、一刻経っても、は来なかった。

「なあ、小十郎。もう一刻以上経ったよな?」
「はい。おかしいですね。いつもなら、そろそろ来るはずなのですが……」

 小十郎もなかなか来ないことに、頭を捻っていると、足音が聞こえてきた。
 そして、政宗の部屋の前までで足音は止まり、襖が開く。

「待ちくたびれたぜ、
「ごめん。今日はちょっとね」

 政宗の隣まで行き、持ってきた茶と菓子を置く。
 置かれた菓子はいつもとは違っていた。もちろん、変な物を持って来たわけじゃない。普通の団子なはずだ。
 だが、その形が変わっていたのだ。

「これは……団子、だよな?」
「うん。そうだよ」
「これは……また……面妖な……」

 政宗と小十郎の二人とも、不思議そうな顔をしている。
 それも、無理はない。
 が作ったのは団子ではあるが、その形は丸い円形ではなく、ハート型なのだ。
 現代の人間ならば、ハートも分かるし、何より、何故ハート型の団子を作ったのか、日付を思い出せばわかる。
 しかし、バレンタインのない、この戦国の世の政宗達に分かるはずも無く、マジマジと見続けていた。

「これ、私が作ったの」
「お前が?」
「うん」

 意外だという表情をする政宗に、満足げな
 いい加減説明をしないと、ティータイムにならないと思ったは、説明を始めた。

「今日は如月の14日でしょ。西欧の風習で、バレンタインデーっていうんだけど。如月の14日に、チョコレートって言うお菓子を感謝を込めてお世話になった人とか友達とかにあげる行事があって、私の時代には一般的なものになってるわけよ。政宗と小十郎さんにはお世話になってるし、と思って」

 チョコがなかったから、団子になっちゃったんだけどね。と笑いながら説明する。

「I see. そういや、そんな風習があるってのは聞いたことがあるな。チョコレートってのをあげるってのは知らなかったが」

 そりゃそうだ。チョコレートをあげるのは、日本だけの習慣。
 本当の西欧では、チョコに限らず、花束などを恋人同士が贈ったりするのだから。

「この形には何か意味はあるのか?」
「あ、これ? これはハートていって、『心』を表現してる形」
「heart ね。有り難く頂くぜ。Thank you
「小十郎さんもどーぞ」
「ああ、ありがとう」

 ティータイムが終ると、小十郎はついでだからと、が持ってきた盆を持って部屋を出た。
 いつもの時間よりすこし遅い休憩だったためか、仕事は大半終ったらしい。

「そうそう、政宗」

 何かを思い出したらしいは政宗の着物の裾をくいっと引っ張る。

「何だ?」
「次の月の14日期待してるから」
「次の月っつーと、弥生か。何かあるのか?」
「弥生の14日はホワイトデーっていって、バレンタインにチョコ貰った人はお返しをする日だからね」

 しかも、3倍返し! とは言い放つ。
 バレンタインの知識が無いのをいいことに、言いたい放題だ。
 あながち間違いではないが、正しいことを教えているわけでもない。ホワイトデーは日本の行事だし、3倍返しと言うのは半分冗談のようなものだ。

「White day か……。St. Valentine's Day ってのは本当は、感謝を示す日だけじゃないよな?」
「う……ん?!」

 は思わず政宗を見る。
 今政宗は "St. Valentine's Day" と言った。そう、単語の最初に"St."と付けたのだ。
 と言うことは……。

「政宗……ひょっとして、知ってた?」
「Yes」

 政宗が知っていたということは、がバレンタインのこの日に、ハートの形のお菓子をあげた意味も大体わかってるということで……。

「言ったろ、聞いたことがあるって。感謝を込めてってヤツもあると思ってなかったから、小十郎にまで持って来たのは焦ったがな」

 言い放つ政宗に対し、の顔は真っ赤になる。
 知らないだろうと思い。好きな人にチョコを渡すというのがバレないようにはぐらかしたのに……。

「本当は、花の一つでも贈るつもりだったが……White day ってのがあるなら、その時にお礼してやるよ。3倍返しでな。期待してろ」

 口の端を持ち上げて、ニヤリと言う政宗に、は只口をパクパクさせるだけで、何も言葉がでない。
 しかも、あーゆー表情をするときは、必ず何か企んでるのだ。
 律儀にさっきがいったとおりに「三倍返し」と言うあたり特に。

「し、知らないっ!!」

 真っ赤になったまま、は部屋をでて、自室に戻った。
 政宗は、クククッと笑っている。

 一ヵ月後に政宗が忘れていてくれますようにと祈りつつ。
 は恥ずかしくてしばらく部屋から出れなかった。


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卯月 静 (07/02/03)