【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】

番外編 人魚姫





 嵐の夜。助けた王子様に恋をした人魚姫は、その美しい声を引換えに、人間の足を手に入れた。
 人魚姫の想いが王子に届かなければ、人魚姫は泡になって消えてしまう……。



 喉が変だ。何かが喉に引っ掛かっているような感じがする。
 朝一番にが感じたことだ。特に痛いというわけではないが、喉の奥に何か引っ掛かっている感覚。

様。お早う御座います」

 襖の向こう側から、女中が声をかけた。いつもをお越しに来てくれる人だ。
 は起きているという意思表示も兼ねて、返事を返す。

「……!?」

 ハズだった。

様? まだお眠りになってらっしゃるのですか?」

 返事の返らないに、女中はもう一度声をかける。
 は返事をしなかった訳ではない。できなかったのだ。
 声が全くでない。
 だそうと思ってもでないのである。

様?」

 このままだと、女中が心配してしまう、と襖を開けた。

「まあ、起きてらっしゃったのですね。それでしたら返事をして下さってもよろしいのに」

 が起きたのだと分かって女中は笑顔になる。
 ソレに対して、は声が出ないことを口をパクパクさせ、身振り手振りを使って伝えようとする。
 最初は意味が分からず戸惑っていた女中も、次第に自体が飲み込めたらしく、の着替えを手伝い、政宗のところに行くように進めた。




「少し喉を傷めておいでですね」
「治るのか?」
「心配はありません。声が出ないのは一時的なものでしょうから。ですが、今日一日は無理にお声を出したりしない様にして下さい」

 医者の診断を受けて、その場にいた人達はほっと息をついた。
 政宗の部屋に行き、事情を知ると、すぐさま医者が呼ばれたのだ。
 大事ではないと、聞いて一番安心したのはではなく、政宗だろう。
 それも無理はない、声が出なくなるなどとはそうあるものではない。




 一日中声を出さずに生活すると言うのは、が思っていた以上に大変だった。
 何かを伝えようにも簡単に伝えられない。それどころか、上手く伝えられず、相手に誤解を与えてしまうこともある。
 おとぎ話の人魚姫は王子に会いたくて、声を引換えにした。それから全く声が出せず、ずっと話さず幾日か過ごしていた。
 どんなに辛かったことだろう。
 今日一日だけでも会話が出来ないというのは辛いのだ。
 ましてや、それが好きな人とも出来ないとなると、ストレスが溜まってしまう。というか、さぞ、切なかったことだろう。

、喉はどうだ?」

 後ろから声がかかる。
 は特に変わりは無いと、苦笑する。

「そうか。明日には声が出てるといいな」

 はコクンッと頷く。

の声が早く聞きたい」

 たった一日だが、が話せないのは政宗にとってもきつかった。
 別にが居なくなった訳でもないが、声が聞こえないと、本当に居るのか不安になってしまう。
 目の前のは幻で、このまま消えてしまうのではないかと。
 は政宗の顔に両手を添え、そっと頬に唇をつける。

?」

 突然の大胆な行動に、政宗は目を開くが、直ぐにを見て笑顔になる。

 声がでなければ、行動で想いを伝えればよかったのだ。
 相手に好きだと伝えるものは、言葉だけではない。
 すこし勇気をだして、言葉を使わないで、王子に想いを伝えることが出来ていれば、人魚姫は泡にならなくてもすんだかもしれない。
 王子を助けたのは自分だと伝えるのでなく、王子のことが好きなのだと伝えることが出来れば……。


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斉藤一様のお題リク『人魚姫』です。
卯月 静 (07/07/03)