【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】

番外編 母





 朝から政宗の纏う雰囲気がトゲトゲしかった。
 明らかに何かに苛立っている。
 その原因を小十郎はもちろんのこと、城中の者が知っている。知らないのはのみ。

「小十郎さん」
「なんだ?」

 小十郎の畑仕事の手伝いの途中、は意を決して尋ねた。

「今日……政宗に何かあるんですか?」
「…………何故そんなことを聞く」
「朝から政宗が不機嫌だからですよ」
「……気付いてたのか」
「気付きますよ。政宗は隠したがってたから何も聞きませんでしたけど。話題に触れて欲しくなさそうだったし」

 政宗の態度はいつもと変わらなかった。表面上はそのようにに接していたのだ。
 それでも、その行動の端々で、政宗が機嫌が悪いのが分かった。
 それと同時にその原因に触れて欲しくないのだということもなんともなしに感じ取れた。
 だからはそのことについて政宗には尋ねなかった。

「…………今日は義姫様にお会いになられる日だからだ」
「義姫様?」

 は聞いたことの無い名前に首を傾げる。

「政宗様の母君だ」

 政宗の母親。だが、母親に会うのにあれほど心が乱されるものなのだろうか。

「政宗と義姫様って……ひょっとして、仲悪いんですか」

 はいいづらそうに言う。
 母親に会うのに気が重いのは、その関係が良好でないからに違いない。
 政宗は母親が嫌いなのだろうか。

「She dislike me.」(母は俺を嫌ってるんだ)

 振り返ると、いつもよりもきちんと着物を着こなした政宗が立っていた。

「お帰りなさいませ、政宗様」
「ああ」
「申し訳ありません。に義姫様のことを……」
「気にすんな、そのうち知れることだ」

 今ここに政宗がいるということは、母親に会ってきたのだろう。しかし、その顔が親と久々にあったというにはあまりにも…………。

「あの女、に会わせろって言ってきやがった」
「私に?」

 苦々しく吐き捨てられた政宗の意外な言葉に、は驚く。

「会わすつもりはねえから、安心しろ。会わせたらお前が何を言われるか分かったもんじゃねえ」

 こう言っては可笑しいが、まるで、親の仇について話しているようだ。
 だが、少しそれと違う印象を受けるのは、怒りや苛立ちの中に悲しみが見えるせいだろうか。

「そんなに……仲悪いんだ……」
「仲が悪いんじゃなくって、あの女が俺を嫌ってんだ」

 政宗は決して「母」と言わなかった。その上、母親に対して「あの女」呼ばわりだが、いつもなら嗜めるはずの小十郎は何の注意もしない。

「俺みたいに片目の無い醜い姿は伊達には相応しくねえんだとよ……」

 政宗は呟いて、右目にかけてある眼帯に触れる。
 その顔はひどく辛そうで、悲しい顔だった。
 もそれに影響されて、ズキンッと心が痛んだ気がしたが、それ以上に怒りがこみ上げてきた。
 子を想わない親はいない。
 それが大半ではあるだろうが、そうでないことも多々あるのだと、現代に生きていたは嫌と言うほど知ってる。
 ブラウン管の向こう側では、日々その手のニュースが流れていた。

「なら、天下をとって、見返さなきゃ!!」

 の言葉に政宗はもとより、小十郎もポカンとする。

「右目があるだけで、国が治められるなら、誰でも出来るっての! 国を治めて、天下を治められるかどうかなんて、容姿なんて関係ないってのに」

 誰かが自分の為に怒っていると、本人は冷静になれる。
 そして、大切なモノは近くにあるのだと実感できる。
 それは今まさに政宗の心情だった。
 母親が唯一だった子供の頃とは違う。
 母の愛に飢え、母の愛を欲していた未熟な子供とは違うのだ。
 今はもう自分一人で立つこともでき、周りに大切な家臣たちがいることを知っている。
 そして、母の愛以上の愛を手に入れているのだ。
 これ以上に必要なものがあろうはずがない。

「Thanks. 
「ん? どういたしまして?」

 吹っ切れた感じの笑顔で礼を言われ、訳も分からず言葉を返す。
 思わず熱くなってしまっていただけだ、何故礼を言われたのか分からない。
 疑問符を浮かべたままのを見て、政宗は笑った。 


終 戻る

緋村様のお題で『母』でした。 卯月 静 (07/07/14)