【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】

番外編 我慢





 据え膳食わぬは男の恥。とは言うものの、食った後のことを考えるとなかなか一歩が踏み出せない。
 その上、膳自体が食ってくれと言ったのあれば、遠慮なく手を出すが、別に膳が言ったわけでもない。ただ、たまたまそこに膳があっただけ。
 この場合はどうするべきだろうか。と半ば意味不明とも思われるような考えが政宗の頭を過ぎった。

 少しの休憩を終え、自分の部屋に戻ったのが昼過ぎ。ここまではいつもと変わらない。その自分の部屋にがいたのもいつものこと。そして、待ちすぎて退屈になって寝てしまうことも、ままあることだ。
 政宗の部屋であれば、不埒な者も来ない  もちろん伊達軍に政宗の女であるに手をだそうとする命知らずはいない  から、ここは城の中で一番安全なところかもしれない。
 問題はそのの寝ている格好。
 と言っても全裸だとか、下着一枚で寝てるとかということではない。
 到って普通の小袖姿。それはいい。
 何が問題かというと、それは、の着物が乱れに乱れきっていることだ。多分寝返り等を打ったときにでも肌蹴たのであろうが、それにしても……。
 まず、胸元は大きく肌蹴、白い肌が見えるうえに、もう少しで中が見えそうだ。
 そして、裾に到っては捲り上がっていて、太ももが思いっきり出ている。
 そして、政宗を苦悩させるのは、その見えそうで見えないといった一種のチラリズム的な誘惑。
 見えていればそれはそれで、理性を保つのに苦労するだろうけど、逆に冷静になれるかもしれない。
 しかし、見えそうで見えないというのは、その更に奥を見たいといった欲望に理性を奪われそうになる。

(ヤベェ……)

 政宗の心中は全く穏やかではない。冒頭のようなことを考えるくらいには混乱しているというか、興奮しているというか。
 別段政宗が純情な為に、のきわどい格好に男性的な欲求が首をもたげたわけではない。そういう経験も多々ある。
 が、そんなものが好きな女の前で役に立つはずも無い。

「……んぅ……」

 がゴロンッと寝返りを打つ。
 するとその弾みでか、の肩から着物がすべり落ち、右肩があらわになる。幸い胸までは見えないが、かろうじて見えないという状態で、政宗の精神状態に有効な効果をもたらすわけでもない。むしろ逆効果。
 本当であれば、ここで何かをかけてやった方がいいのだろう。
 でも、今の近くによったり、触れたりすれば、それこそ音を立てて理性は決壊するだろう。

「ぅん? ……政宗ぇ?」

 政宗が悶々と悩んでいる間にが起きた。
 だが、まだ頭は覚醒していないらしく、目の焦点はあまり合ってない。
 ボーッとした表情のまま政宗を見上げる。
 は体は起しているが、着物の着崩れは直していない。
 政宗は身動きとれず突っ立ったままだから、からは見上げる形になる。
 そうすると、は必然的に上目遣いがちに見ることになるのだ。
 が目を覚ましたことで、幾分か冷静さを取り戻し、今にも切れそうな理性で、欲望を抑え込む。

……着物がすげぇことになってるぜ」
「へ? …………うわっ!!」

 は慌てて裾を直し、胸元を押さえる。
 これで、理性を飛ばさずに済むが、残念でもあるとも思った。

 少し前に、昼だけでなく、夜も自分の部屋に来たり、部屋に入れたりするものだから、言ってみたことがる。
 俺に襲われてもしらねえぞ、と。
 その時のの返答は、

「ここでの権力者は政宗なんだし、権力使われたら私に拒否権なんてないでしょ? だから、政宗相手にはするだけ無駄でしょ」

 だった。
 いや、確かにそうだが。

「それに、政宗は嫌がる子を無理やり襲ったりしないでしょ」

 とまで言われると何もいえない。
 そして止めに一言。

「私はイヤだったら来ないし、部屋にも入れないけどね」

 その言葉があるから、自分はを力ずくで自分のモノにしないのかもしれない。

「寝るときはもっと大人しく寝ろよ」
「……分かってるけど、仕方ないじゃん」

 先ほどの格好を政宗にみられたのがよほど恥ずかしかったらしく、顔は赤い。

「だが、結構ソソる格好だったぜ」

 政宗が耳元でそうささやくと、の顔がさらに赤くなる。
 さっきよりも、二人の距離は近い。
 そして、どちらからというのでもなく、その距離は次第に近づく……。

「殿ーーーっ! 稽古行こうぜ!」

 一瞬時間が止まった。
 声の主は言わずもがな成実。と政宗の顔はそれぞれ赤い。
 は恥ずかしさで、政宗はいいとこを邪魔された怒りで。
 それをみた成実の顔は次第に青くなっていく。

「成実、手前ぇ……覚悟できてんだろうなァ?」

 正しく竜が地を這うような低い声に脱兎の如く逃げ出す。
 が、兎が竜に勝てるはずもなく、城中に叫び声が響き渡った。 


終 戻る

憂様のお題。我慢した上にお預けな筆頭。 卯月 静 (07/07/31)