【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】

番外編 夢





 だだっ広い荒野に俺は一人で立っていた。
 立っているのは俺だけで、他に立っている者はいない。
 だが、足元には多くの人間が地に伏している。
 皆甲冑をつけ、全員が全員とも傷を負い、血を流している。
 その赤が酷く目に付く。
 倒れているのは敵だけではなく、味方の、伊達軍の姿もある。
 そして……その中に見慣れた顔があることに気付く。

「小……十郎……」

 俺は呆然として呟いた。
 自分の右目である彼が何故。

「政宗」

 呼ばれて俺は振り向いた。

「父上……」

 父の顔を見てほっとし、駆け寄ろうとしたが、何故か足が動かない。
 そして、もどかしく思った瞬間、父の胸は銃弾に打ち抜かれた。
 音と共に赤い滴が飛び散る。
 無我夢中で崩れ落ちる父に駆け寄った。
 が、そこに父の体はない。

「梵天丸」

 今度は、優しい声で幼名を呼ばれ、顔を上げると、そこには微笑む母の姿。

「母……上……」

 縋りつくように手を伸ばせば、その手は払いのけられた。
 強く払われたにも関わらず、音はない。
 衝撃のあまり、母を見た。
 母の目は忌むべき者を見る目で、今まで幾度もその目で見られてきた。

「そのような汚らわしい手で触るでないわっ!」

 何度も言われた言葉。

「ちがう……俺の手は汚れてなんか」
 そうだ、今は「梵天丸」ではなく「伊達政宗」だ。
 幼く、母の愛に飢えていたあの頃とは違う。

 キッと睨み見据えた先に居たのはすでに母ではなく、別の女だった。

「ホントに穢れてないの?」

 この世で誰よりも愛おしい女(ひと)。

、何を言って……」

 はスッと俺の手を指す。

「そんなに血にまみれているのに?」

 はっとして自分の手を見る。
 手は、真っ赤な血で染まっていた。

「触らないで」

 の声がひどく響く。

「そんな穢れた手で触らないで」

 母の声との声が重なった。
 その瞬間俺は叫び声を上げていた。




 すぐには自分のいる所が分からなかった。しかし、見渡してみれば見覚えのある物ばかり。

「夢……か……」

 恐る恐る自分の手を見るが、血どころか何一つ汚れてはいない。
 先ほどのは悪い夢だ。
 だが、自分の手が多くの血に塗れているのは事実だ。

「……んぅ……」

 小さな呻き声と衣擦れの音がして、隣を見る。そこには寝ているの姿。
 起きては居ないようだが、俺が起き上がったことで布団が捲れ、寒さを逃れるように、俺の方にくっついてくる。
 俺はの髪を撫でようと手を伸ばした。が、触れる寸前で止まる。
 先ほどの悪夢が頭を過ぎる。

「政宗……?」

 どうやら、起してしまったらしい。
 は眠そうに目を擦りながら起き上がる。
 自分を見てくる彼女が夢の中の彼女と重なる。

「どうかした?」

 の言葉には返事をせず、俺はただじっとを見ているだけ。
 何も考えず、の頬に触れる。
 少しビクッと肩が動いたが、すぐにその力も抜け、俺の手に自分の手を重ねた。

「変な夢でも見た?」

 クスクスと笑いながら、小さな子に言うみたいに言う。
 俺はそのままを腕の中に抱き込む。
 が抵抗する気配はない。

「穢れた手で触るなって言われた」
「誰に?」
「……アンタに」

 抱き込んだまま言った俺の言葉にはキョトンとした顔をしているのだろう。
 そりゃそうだろう。言ったのは夢の中ので、目の前にいるではない。心当たりがあるはずもない。
 は俺の手をとって見る。

「汚れてないよ?」
「いや、夢の中でアンタが言った通り、俺の手は血まみれだ。敵の血も、味方の血も……」

 俺の言葉にもう一度俺の手を見た。
 そして、俺の手に自分の手を絡ませる。
 そして、は何も言わず、ただ俺を見つめているだけ。

「……………………」

 名を呼べば、絡ませていた手に力が込められたのが分かる。
 俺は何とも言い表せない程、胸の奥から込上げてくるモノを感じ、絡ませていた手を強く握り返し、同時に、を支えていたもう一方の腕で強く抱き寄せた。
 俺の腕の中のは、俺を拒む様子は微塵もない。
 言葉はかったが、手から伝わるの熱は、俺を酷く安心させるものだった。
 心地よい温もりを感じながら、俺の意識は深く沈んだ。
 


終 戻る

卯月 静 (07/11/08)