【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】

番外編 湯けむり





 いつき達の村から、ここ奥州に半ば無理矢理連れてこられた
 この城について3日が経った。
 政宗が、全員の前で『俺の物』宣言に近いことを言ったため、家臣たちは本気でを『政宗の正室候補』と思っているらしい。
 慣れない着物を手伝ってくれる女中や、すれ違う家臣たちの目がそれを物語っている。
 あれは、政宗が自分に危害が加わらないようにしてくれたことだと、は十分に知っていたので、それについては何も言わないことに決めた。
 折角ここにいることで、いつき達の安全も保障されたのに、それを棒に振るような真似はしたくない。
 居候という身だから我侭は言えないな、と思いはしたが、現代っ子なには、一つだけ我慢ならないことがあった。
 それは風呂。
 この時代にはそれほど入浴するという行為が定着していないのか、ここに着てから一回も風呂に入っていない。
 もちろん、いつき達の村には風呂などなかったが、あの近くには湯源があり、そこをほぼ毎日使わせてもらっていた。
 それはとても贅沢なことなのだろう。
 しかし、風呂どころか、シャワーも浴びれないのは結構ツライ。
 ここでは普通のことでも、毎日風呂に入っていたとしては何とかして、せめて水浴びだけでもしたい。

「あの……ちょっと聞きたいんですけど……」

 は聞きづらそうに女中に尋ねた。
 これで、我侭な姫様とかっていう噂が流れたらどうしよう……。

「はい、なんでしょう」

 女中は笑顔で答える。城主の奥方になるかもしれない人だ。丁寧に扱わなくてはいけない。と思っているのだろうか。

「ここら辺に、水浴びとかできるところって……あります?」
「水浴びでございますか?」

 風呂が贅沢なものなのだとすれば、せめて水浴びでもと思ったのだ。この地に、水浴びのできるところがあるかどうかはわからない。何せ、ここは北の地。まだ雪が残っている。きっと、水は冷たいに違いないだろう。
 の問いに、女中は暫し頭を巡らした。
 そして、思い到ったことがあるらしく、に向き直り、微笑む。

「それでしたら、政宗様に湯を使わせて欲しいと仰ったらどうです? きっと快く承諾して下さいますよ」
「湯……ですか? でも、お湯を沸かす燃料とか貴重なんじゃ……」
「いいえ、ここには一つだけ湯元が御座いますから、常に温かい湯が張ってますよ」

 湯元があるということは、温泉がここにあるということで、ということは、普通にお風呂に入れるのだ。

「ありがとうございます! 早速政宗のとこに行ってきます」

 はペコッと礼を返し、パタパタと政宗の元に向かった。
 その様子を女中は、ニコニコと嬉しそうに見ていた。

「政宗ー!」

 襖を開けるや否や、は政宗の前まで詰め寄る。

「ここに温泉があるってホント?!」

 政宗は元より、傍にいた小十郎も何事かと目を丸くしている。
 そんな二人に構わずは目を爛々を輝かせ、政宗を見ている。

「あることには、あるが、それがどうしたんだ?」
「……ずっとお風呂入ってないから、入りたいなーって……」

 風呂に入れるかもしれない、ということに浮かれて勢いで政宗に詰め寄ってしまったため、我に返ったは気まずかった。というか、ちょっとばかり恥ずかしい。
 それでも、女中の口ぶりだと、政宗が許可しないと入れないようなので、言うだけ言ってみる。

「風呂ねぇ……」

 あ、この展開はヤバいかもしれない、とは感じた。
 の突然の訪問で驚いていたが、もう政宗は事情を察したらしく、シニカルな表情を浮かべている。
 これは、許可の代わりに何か条件を出されるかもしれない。

「そんなに入りてぇのか?」
「いや……出きればでいいよ……無理にってわけじゃ……」
「そんなに警戒すんな。普通に許可出してやるよ。小十郎、悪いが、誰かにコイツの風呂の用意するように言っておいてくれ」

 案外あっさりと許可がでて、頼まれた小十郎もすっと部屋を出て行く。

「いいの?」
「Of course.」(もちろん)

 暫くして、女中がを呼びにきた。どうやら入浴の用意ができたらしい。
 の足取りは軽く、嬉々として女中についていった。
 そんな様子のを見て、政宗も笑顔になる。
 本当に面白い女だ。
 自分達とはどこか違う雰囲気を持っていて、政宗自身と接する態度も、今まで知り合った誰とも違う。
 これ程までに自分に対して自然に接する者がいるとは思ってもみなかった。

「月から来たっつーのも、強ち嘘でもねぇのかもな」



 案内された温泉は広かった。
 城の殿様ってゆーのは、こんなに贅沢をしてるのかと感心してしまったくらいだ。
 いわば、旅館の大浴場を貸切にしているようなもの。
 とにかく、久々の風呂と言うことで、ここは思いっきり堪能することにした。
 さて、案内されて連れてこられたはいいが、昔との知っている入浴の方法は違うかもしれないと、女中に尋ねてみた。
 女中は浴衣を2枚用意してくれていた。
 湯帷子と言うらしく、片方は来てそのまま湯船に入っていいそうだ。
 沐浴などでは湯帷子を着て、入浴するらしいが、この時代は裸で湯に浸かるのも不思議ではなくなっているらしかった。
 その代わり出たあとで浴衣を着て水分を吸い取るらしい。
 女中が2枚用意してくれたのは、裸で湯に浸かるのに抵抗のある人もいるらしく、気を使って湯に浸かる用にと用意してくれたらしい。
 確かにこの大浴場に裸で入るのは抵抗がある。小さな家の風呂ならいいが、此処の風呂はそんなものじゃない。
 できれば、タオルでも巻いて入りたいが、ここにはない。しかし、としては、浴衣を着て湯に入るのも抵抗があるにはあった。
 にとって浴衣を着て湯に入るのは、服を着たまま湯に入るようなものだ。
 女中にお願いをして、浴衣になる前の一枚のままの大きめの布を持ってきてもらうことにした。
 それならば、タオルのように体に巻きつけて入ればいい。

「ありがとうございます」
「いいえ。外で控えてますから、出られましたらお呼び下さい」

 女中はそのまま外に出て行ったので、は服を脱ぎ、布を巻いて温泉に向かう。

「はぁ〜。気持ちいい〜」

 久々の風呂に、気の抜けた声がでてしまう。
 小一時間程、贅沢な湯を堪能し、湯から上がろうと立ち上がる。

「随分色っぽい格好じゃねぇか」

 声がして、そちらに目線を送ると、浴衣を着た政宗の姿。
 慌ててもう一度湯船に戻れば、ザブンッと飛沫があがる。

「何で、いるの?!」
「別に自分の城の何処にいようが、不思議でもないだろう」

 政宗は悪びれた様子もなく、ニヤニヤと笑って、を眺めている。

  「しかし、アンタ珍しい入り方するんだな」

 政宗が言っているのは、自分が布を巻きつけて湯に使っていることだろう。

「私のトコではこれが普通の入り方なんです」

 はジトっと政宗を睨んで、言う。
 どうりですんなり許可が出たと思ったはずだ。こういうことを考えてたから、あっさりと許可をだしたのだろう。
 しかし、こっそり覗くならまだ、可愛げのあったものを、こうも堂々と見られては、怒りを越して呆れる。
 さて、政宗がいるなか、どうやって外に出るか。タオルならともかく、この布は意外と薄い。湯に濡れたから、透けているかもしれない。それを目の前のコイツに見られるのは……ちょっと……いや、かなり恥ずかしい。

「……出たいんだけど・・・…」
「出ればいいじゃねぇか」

 政宗は全く外に出る気はないらしく、を見たままだ。
 しかも、をからかって楽しそうでもある。
 このままだと上せるに違いない。これ以上政宗に付け上がらせて置くのもしゃくだし、これ以上は浸かっていられない。さっさと出て、服を着てしまおうと立ち上がった。

「あれ?」

 立った途端、視界がグワンと揺れた。
 政宗が驚いて声をあげ、コチラに向かって着ているのが見えた気がしたが、目の前が真っ暗になり、意識の飛んでしまったに確かめる術は無かった。



 次に気づいた時は布団に寝ていた。

「気が付いたか?」

 見ると、自分を覗き込む政宗の顔があった。
 イマイチ状況が飲み込めない。

「あれ? 私お風呂入ってて、出ようとして?」
「上せて倒れたんだよ」

 そう言う政宗はどこかばつが悪そうだった。
 どうやら、長い時間湯に浸かり過ぎて、上せてしまったらしい。
 湯船に倒れそうになったのを支えたのは政宗だが、着替えは女中がしたから安心しろと言われた。

「…………悪かったな…………」

 視線を逸らしつつも、謝る政宗は、母親に叱られた小さな男の子のようで、思わず笑ってしまった。

「なんだよ……」
「ごめん、ごめん」

 いろいろ文句言いたいこともあったけど、さっきので吹っ飛んでしまった。

 今回のことできっと、再び同じようなことを政宗がすることはないだろうし、これから湯を使わせて貰う時は、扉に衝立でもしておこうと思いつつ、は暫くクスクスと笑っていた。    


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卯月 静 (07/11/15)