【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】

番外編 甘いモノ





 朝、政宗はの部屋の襖を開けるや否や、至極楽しそうに叫んだ。

「Hey honey! Trick or Treat!」(菓子をくれないと悪戯するぜ)

 もちろんが知っているフレーズ。
 本来なら、お化けの仮装をした可愛い子供達が言うべき台詞。
 が、今目の前にいるのは、仮装をした可愛い子供達ではなく、ここ奥州の頭だ。
 竜と呼ばれてはいるものの、にとっては狼男だ。
 ある意味今日という日には似合っているのかもしれない。

「はい、どーぞ」

 は焦りもせず、笑顔で、用意していた物を政宗の手のひらに置く。

「…………」
「どうかした? お菓子ちゃんとあげたよ」

 手に置かれた物、それは数個の金平糖で、それをじっと見つめたまま、政宗は動かない。
 今日は先ほど政宗が言った言葉からも分かるようにハロウィンだ。
 ここは戦国の世なのだから、普通はそんな西欧の行事など知らないだろう。しかし、政宗は英語も堪能で、それ故に関連したことにも詳しい。
 現代でさえハロウィンなんてクリスマスに比べれば、まだまだ日本人が盛り上がる行事にはなっていないのに、それをまさかこの戦国の時代にやるとは思わなかった。
 普通ならしないだろうと思うが、そこは政宗のことだ、バレンタインから続いてのホワイトデーのこともある。
 絶対に何か言ってくるに違いないと思ったのだ。
 「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」と言って、がお菓子を用意してなかった場合、確実に悪戯される。というか、それを目的にくるはずだ。
 だからは前日に金平糖を用意していた。

「政宗の事だから、絶対くると思ったんだよね」
「Shit!」

 政宗は悔しそうだ。しかし、としてはホッとしていた。
 これで取り合えずの危機は去った。

「……まあいい……。お前はやらねえのか?」
「え?」

 思いもよらぬ言葉が政宗から返ってきた。
 ハロウィン自体をしようという事は全く考えていなかったのだ。

「んー……じゃあ、トリック、オア、トリート?」
「Trick」
「はい?」

 今政宗はなんと言った?

「だから、Trickだってっつってるだろ。俺は菓子なんて持ってねぇからな。ほら、悪戯すんだろ?」

 政宗はニヤニヤと笑っている。
 聞かれたから何かお菓子でも持っているのかと思えば、最初から悪戯を選ぶために、に言わせたのだ。

「いや……別に悪戯したい……わけじゃ……」
「自分の発言には責任とれよ。どっちかっつったから、選んだんだからな」

 どうやら、困っているを見て面白がっているらしい。
 ここは何か仕返さなければ……。そうは思うが中々思いつかない。
 は暫く政宗を見つめる。
 そして、意を決したように口を開く。

「……目閉じて、絶対開けないで! それで、絶対動かないでよ!」
「Okey.」

 政宗はが行動を起したことに少し驚くが、それでも、まだ余裕といった様子で目を閉じる。

「ホントに絶対動かないでよっ!」

 と言いながら、政宗の着物の左右の襟を掴む。
 まさか自分を投げる気なのか? と政宗は思ったが、いくら動かなくても、の力では投げることはできないだろう。
 何をされるかは分からないが、大したことはないだろうと、不安に思うことも無い。
 不意にが掴んでいた襟に体重がかかる。

「…………!?」

 驚き、目を開けた時にはすでには走り去っていた。

「……マジかよ……」

 政宗は右手で顔を覆い、しゃがみ込む。
 右手に覆われているために、表情は見えないが、耳は朱に染まっており、故に顔も真っ赤に違いない。
 目を閉じていたが、確実に政宗は自分の唇に柔らかいモノが触れるのを感じた。
 政宗にとっては金平糖よりも甘いモノ。
 理解した時、やられた! と思った。
 まさか、から不意打ちで来られるとは思わなかった。
 朱が引くまで、暫くの間、政宗はそこを動けなかった。  


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ハロウィンのフリー夢だったもの。
卯月 静 (07/10/18)