【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】番外編 特効薬
伊達軍の人々は皆元気だ。 見た目こそ、どこかの暴走族のようだが、礼儀は正しいし、意外と優しい。 政宗の所へ持って行くお茶を運ぶ途中、廊下ですれ違うと、必ず皆、に挨拶をしていく。 その挨拶を軽くではあるが、全てに挨拶を返しつつ歩いていた。 「……ん〜。ティータイム終わったら、ちょっと休もうかな……」 朝起きてから、少し体がだるい気がする。ひょっとしたら疲れているのかもしれない。 政宗の室になるのだからと、は喜多に礼儀作法などを習っていた。 普段は温和な喜多だが、あれで、かなり厳しい先生なのだ。それでも、の質問に嫌な顔をせずに一つ一つ答えてくれるのはやはり、彼女が優しいからだろう。 喜多に教わってつくづく思ったのは、さすが政宗の乳母で、小十郎と綱元の義姉だということだ。 政宗どころか、小十郎と綱元でさえ彼女に頭が上がらない所がある。 今日も教えてもらう予定にはなっているが、今日は休ませてもらおう。 「あー……何か、頭もぼーっとしてきた気がする」 気のせいだろうが、先ほどよりも、頭が重くなったような気がする。その上、体の節々が痛いような気もしてきた。 熱でもあるんだろうか? と手をおでこに当ててみるが、分からない。特に熱いようには感じない。 多分疲れが溜まって多少寝不足なのだろうと、政宗の部屋へ歩を進める。 本人は気づいていないが、その足取りは危なっかしいものだ。 誰かが近くにいれば、確実に止めていただろうが、幸か不幸か誰ともすれ違うこともなく、政宗の部屋の前までついた。 「……政宗ー……お茶持ってきたから、入るよ……」 襖の向こうから、政宗の了承の声が聞こえ、襖に手をかけた。 しかし、それと同時に酷い目眩に襲われ、は持っていた盆を落とし、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。 「っ!?」 盆と湯のみの落ちる音がして、政宗は慌てて襖を開けた。 そこには、座り込んだの姿。 「お、おいっ! 大丈夫かっ!」 「……ま、さ……むね……?」 政宗に支えられ、は顔を上がるが、その瞳は定まっていない。それどころか、顔は赤く、息が上がっていて苦しそうだ。 手をの額に当ててみると、かなり熱い。 「くそっ!! 誰でもいい、薬師を呼べっ! 今すぐだっ!!」 声を張り上げ、薬師の手配をする。近くで居た者がその声を聞き、すぐさま薬師を呼ぶべく走っていった。 朝食の時も、顔を合わせて居たはずなのに、どうして自分は気づけなかったのだろうか。 「、大丈夫か?」 声をかけるが、は腕の中で気を失っていて反応はない。 一先ず、部屋の中に運ぶ。 先ほどの政宗の声が聞こえたのか、数人が駆け寄ってきた。 を畳の上に寝かせる訳にはいかないから、執務室に布団をひかせ、そこに寝かせる。 何故、彼女はこうなるまで言わなかったのだろうか……。 高が風邪と思ってはいけない。風邪をこじらせて命を落とすことは少なくない。 何かひんやりとした物が触れるのを感じ、は目を開けた。 開けた先にいたのは、自分を覗き込む政宗。 その表情は酷く心配そうだった。 「……気がついたか?」 「……えっと……私、何で?」 「……倒れたんだ。俺の部屋の前で」 今一状況のつかめていないに、溜息を吐きながら応える政宗。 その溜息は呆れよりも、安心したという物を多分に含んでいた。 「熱があるんだ。ゆっくり寝てろ。ったく、何でこうなるまで言わねえんだ」 「大丈夫……かな……って……」 熱があるために、少し頭はぼーっとしているが、先ほどよりもはっきりしている。 「風邪を拗らせて、命を落とすことだって珍しくはねぇんだ。体調が悪かったら、早く言え」 いいつつ、そっとの頭をなでる。政宗の手は少し冷たくて、気持ちよかった。 「……ごめん……」 現代なら、風邪をひいた所で命を落とすことはそうあるものではない。もちろん、体力のない子供や老人は危険度は上がるが、のように成人している大人でそうなることはそれ以上に低い。 熱がでたとしても、病院に行くか、もしくは薬局で薬を買えば大事になることはそうない。 だから、もその感覚でいたのだ。 ここは戦国の世で、薬も貴重で、ましてや、現代のように直ぐに聞く薬など開発されていない。 先ほどの、政宗の言った、「風邪が原因で命を落とす」というのも、脅しでもなんでもなく、事実なのだろう。 「分かりゃいい」 愛しむように微笑みかけられ、の体は熱くなる。 熱がある所為なのか、それとも他に原因があるのか分からないが。 は不意に、頭を撫でていた政宗の手をとり、目を閉じ、そのまま自分の頬に当てる。 「……気持ちいい……」 ひんやりとした政宗の手は、熱のあるにとってとても気持ちよかった。 心地よさそうにしているとは対象的に、政宗の胸中は穏やかではなかった。 が倒れた時は、一瞬最悪の自体まで頭を過ぎってしまったが、薬師にも診てもらい、大丈夫だと分かった今は、先ほどとは違った意味で、胸がざわついた。 は病人で、そんなことを感じるのは不謹慎だとは思う。 思うが、これは男の性なのだろう。 熱のために顔を赤らめ、息苦しさからか、少し息も荒く、目も潤ませて自分を見てくるだけでも十分自分を煽っているように感じる。 それなのに、先ほどのアレだ。 目の前のは病人だ、と言い聞かせなければ、手を出してしまいそうになる。 病人相手に、と呆れられるだろうが、感じてしまったのは仕方ないではないか。 「……着替えがいるだろ。喜多を呼んでくるから……」 汗をかいている着物を着替える準備と、とりあえず一旦落ち着く為に立ち上がろうとしたが、着物の裾をに引っ張られた。 「?」 「……行かないで……もうちょっと……傍にいて……」 縋るような瞳で見つめられ、政宗は再び座りなおす。 「……分かった。傍に居てやるから、寝てろ……」 「……ん」 再び、軽く頭を撫でてやると、はすーっと眠りに入った。 あんな瞳で見られて、一人には出来なかった。 の熱が引くまでは、理性を総動員する羽目になるだろうが、我慢できないわけではない。 「早く、元気になれよ」 政宗は、大切な宝を扱うように、再び優しくの頭を撫でた。 終 戻る 卯月 静 (08/02/19) |