【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】番外編 絆
基本政宗は、あまりを城から出したがらない。 それは、外が危険ということもあるが、理由の大半は、ただ政宗が自分の傍からを離したくないだけだ。 だからといって、は大人しく城でいるような性格でもないから、誰かの同伴があれば、城を出ても良いということにはなっている。もちろん、政宗が連れていければいいのだが、一応は奥州を束ねる者なのだから、それなりに仕事はあるわけで、いつも構ってられるわけもなく、サボろうとすれば、小十郎の雷が落ちる。 だが、最近はが城を出る頻度が増えたように政宗は感じていた。 約束通り供として、猫を連れてはいるし、怪我をして帰ってくるわけではないから、心配するほどのことではないのかもしれない。だが、政宗はがどこに行っているのか全く知らなかった。 彼女は何処に行っているのか話そうとしない。 に限って、浮気なんてことはないとは思うが……。 「なぁ、成実、のヤツ最近頻繁い城から出てねぇか?」 「そうかぁ? 殿の気にしすぎじゃないの」 「いや、気のせいなんかじゃねえ。それに、俺に何か隠してやがる。……まさか、他の男と密会してるわけじゃねえよな」 いつもとは違う、弱気な政宗の発言に、成実は驚き、慌てて取り繕う。だが、普段そういったことは、小十郎や綱元の役目で、そういった補助することには無縁の成実は思わず、口ばしってしまった。 「それは無いって! ちゃんは浮気するような子じゃないだろ。それにちゃんが通ってるのは……っ!?」 思わず、口を押さえるが、時既に遅し。先ほどの言葉で、成実はがどこに行っているのか知っていると言ったようなものだ。 「オイ、その続きはどうした。知ってんだろ。Come on! Spill it!」(さあ、吐け) 「し、知らないっ!!」 「ほぉ……白切るつもりか……いい度胸だな」 いつも以上に凶悪な政宗の表情に、成実の顔は引きつった。 「ごめんっ!!!!!!」 は城に戻るなり、成実に土下座で謝られた。謝られた本人は意味が分からない。 「どうしたの? 成実?」 「とにかくごめん。俺も命は惜しかったんだ。殿が呼んでるから、直に殿の所に行って」 「え? ちょっと、意味が分かんないんだけど……」 とにかく平謝りをする成実に、押され、状況も分からないまま、は政宗の部屋に行った。 「政宗ー、入るよー」 部屋には、いつものように政宗がいたが、その空気に不穏な物を感じた。これは確実に機嫌が悪い。 「今まで、何処に行ってた」 いつもよりも、低い声音に、はビクリと肩を震わせる。 「どこって……城下に……」 「城下で何をしてた」 「何って、いつもみたいに話したりとか、買い物したりとか」 「誰とだ……」 「猫と、だけど……」 政宗はゆらりと立ち上がり、に近づく。政宗と視線が合ってしまい、そこからは動けなくなった。 いつもとは違う、深く暗く冷たい瞳。 「猫とだけか」 政宗は尋ねたが、が答える前に、言葉を遮った。 「あの人と俺を殺す算段でもしてたか」 政宗の言葉に、は目を丸くする。 そして、同時に、成実が謝っていた理由が分かる。バレたのだ、政宗に。 自分が義姫、つまりは、政宗の母親と会っていたのを。 「そんなことしてない」 「じゃあ、何故あの人と会ってた」 政宗と義姫との仲は悪い。お互いに相手は自分のことを嫌っていると思っている。 「……政宗のお母さんだから……」 「母親? Ha! 俺はあの人を母親だなんて思ってねーよ」 「でもっ!!」 「うるせぇっ!!!」 政宗の怒鳴る声に、反射的に口を噤む。 「仮にあの人が母親だとしても、アンタには関係ないだろ」 「っ!!」 関係ない、そういわれれば、返す言葉はない。 としては、仲の良い親子とまでは行かなくても、相手が嫌ってはないのだということを分かって欲しいと思っていたのだが。 「……そ、う、だよね……。他人が、首を突っ込む、ことじゃない、よね……」 ごめん。と言うと、は踵を返し、部屋を走って出て行った。 二人の会話は思いのほか、響いていたようで、城の大半が知ることになった。 政宗はずっと不機嫌で、はで、食事もいらないと部屋に篭りっきりだ。 原因を作ってしまった成実は、責任を感じてはいたが、どうすることも出来ない。小十郎に言っても、自分達が何かすればこじれるだけだから、そっとしておけと言う。 そんな日が三日ばかり続き、喜多も猫も食事を食べていないになんとか食事を食べさえようとする。だが、は全く手をつけようとしない。 「様、いい加減お食べにならないと、お体に障ります」 「ごめんなさい、喜多さん。欲しくないの……」 食べやすいようにと、喜多が粥を勧めるが、は首を横に振る。 一人にして欲しいと、言えば、溜息をつきながらも、二人は部屋を出て言った。 と顔を合わさなくなって、三日。たかが三日だが、政宗には酷く長く感じられた。 三日経って、やっと冷静に頭が働く。 アレはただの八つ当たりだ。 が母と会っていると聞いて、彼女まで去ってしまうのではないかと、莫迦なことを考えた。 母が、彼女に何か吹き込み、そして、彼女が自分のことを嫌いになるのではないかと。 本当はちゃんと話を聞いて、彼女がどういうつもりで母と会っていたのか知るつもりだった。 だが、の顔をみた瞬間、嫌な予想しか頭を巡らなかった。もう、自分のことが嫌いになったのだと、自分のもとから出て行きたいから、だから母と会っていたのだと。濁流が押し寄せるように悪い考えが流れてくると、次に出てくるのは、どす黒い独占欲しか溢れてこなかった。 その感情が表に出るまえにと思うと、突き放すような言葉しか出てこなかったのだ。 この三日間、最期に見た、泣きそうな、傷付いた顔しか思い浮かばない。 政宗は、一息吐き、の部屋に向かった。 部屋の前で、もう一度深呼吸をする。 「入るぞ」 短く、そう言い放ち、襖を開ければ、そこにはずっと会ってなかったの姿。 少し痩せたような気がする。いや、やつれたといった方が正しいのかもしれない。 彼女の目は泣き腫らした痕が見え、真っ赤で、そして、不安げだった。 「政宗……、えっと……ゴメ」 「謝るな」 再び謝ろうとしたの言葉を制し、彼女の傍へ座る。 「アンタは何も悪くねぇ。謝る必要はねえよ」 「……でも……」 「悪いのは俺の方だ。アンタを傷つけた。すまねえ……」 「いいよ。悪いのは私だもん……いくら、二人の仲が良くなってくれればって思っても、他人がお節介焼くようなことじゃなかったんだよ」 そう言って、は視線を伏せる。 「違う……あれは、ただの八つ当たりだ……。本当はいつまでも、このままじゃいけねえってのは分かってる。俺はいつまでたっても、小さい餓鬼なんだ。ただ、強がることしかできねえ……」 「やっぱり、親子だ……」 の声に、政宗は顔を上げた。 「義姫様も、このままじゃいけないけど、向き合う勇気がなくて、あんな態度しかとれないって」 の言葉に、政宗は「そうか」と答えただけだった。 「政宗、お節介ついでに、一つだけ」 「なんだ?」 「今度は一緒に会いに行こう?」 誰にとは言わない。 ここで、政宗が無理だといえば、彼女は引き下がるだろう。だけど、それっきりになるに違いない。 幼かった頃とは違い、今は強くなった。手を払われて、泣くだけの子供じゃない。 政宗は、深呼吸して真っ直ぐとを見つめた。 「ああ」 短い返事だったが、力強く部屋に響いた。 終 戻る 20万打リク『喧嘩してどちらが先に謝るか』 卯月 静 (08/08/19) |