【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】番外編 銀、金、玉より勝る
世の中には不思議なことは数多あるわけで、それはの居た時代ですら解明されていないことは多い。 この時代であれば尚更だ。 現代であれば、科学的に証明されていることも、この時代では摩訶不思議なこととして認識される。 しかし、ここは確かに戦国の世であるが、の知っている戦国時代とは異なり、自身が不思議に思うことも多い。 自分の知っている時代とは違うから、そういうこともあるだろうと思ってはいたが……。 「ねえ、僕? どこから入ってきたの?」 は屈み、目の前の少年に尋ねた。 少年はの声は聞かず、周りをキョロキョロ見渡している。 服装からして、そこそこいいとこの子供に違いはないだろう。ひょっとしたら、伊達の家臣の誰かの子供かもしれない。 「僕? お名前は?」 は、根気良く尋ねるが、少年は相変わらず周りを見渡し、そして、今度はをじーっと見始めた。 「な、何?」 少年に見つめられ、は幾ばくかうろたえる。 決して彼がを睨み付けているわけではないのだが、何故か落ち着かない。自分を見てくるその瞳が、誰かの物に似ている様な気がするのだ。 「…………母上っ!!」 「は? 母上ぇ?!」 少年は、に抱きついた。 しかも、自分のことを母だと言った。しかし、は子を産んだ覚えはない。これが男なら、心当たりがあるかもしれないと狼狽するところだが、は女で、産んだことを忘れるなんてことはない。 自分が子を産んだ覚えがない以上、この少年が自分を母だと呼ぶことなんてありえない。 ひょっとしたら、この少年の母親と自分が似ているのかもしれない。彼は迷子かなにかで、母親に似ている自分に縋ってきたに違いない。 「? What are you doing?」(何をやってる?) 後ろから流暢な発音が聞こえた。異国語を使う人物なんて、一人しかいない。 「何だ、この餓鬼は?」 のところまで来ると、政宗はにくっついている少年を訝しげに見た。 何だと聞かれても、にだって分からない。そもそも、この少年の名前すら自分は知らないのだ。 「迷子、みたいで……」 「迷子だぁ? そう簡単にここには入ってこれるはずねーんだが……。おい、餓鬼、名前は」 「餓鬼じゃねーよ。俺には虎菊丸って言う名前があるんだ!」 少年、虎菊丸はに抱きついたまま政宗を睨み、名乗った。 「じゃあ、虎菊丸、どうやって入った? 親は何処だ?」 虎菊丸がにベッタリくっ付いているのが気に入らない所為なのかどうかは知らないが、政宗は不機嫌で子供相手にも関わらず、睨んでいる。本気でないにしろ、政宗に睨まれて平気でいられるものなど少ないに違いないのに、虎菊丸はそれにも怯まず、言い返している。 虎菊丸の政宗を睨む目の強さは強くなり、同時に、の着物を掴んでいる手も強くなる。 「……政宗……子供相手にそんなに睨まなくても……。虎菊丸君も早く戻らないと、きっとお父さんとかお母さんとか心配しているよ?」 政宗相手には睨んでいた虎菊丸だが、が優しくそう言うと、目に涙を溜め始めた。 「……母上……僕のこと、忘れてしまったの……?」 「……アンタ、いつの間に子を産んだ」 「産んでないって……」 政宗は低い声で、に尋ねた。 即否定し、さっきも母だといわれたことを言った。 「虎菊丸、こいつがお前の母親に似てるんだろーが、こいつは俺のだ、いい加減に離れろ」 子供相手だというのに、政宗はと虎菊丸を放す。大人気ないなと、は思ったが、口に出さない方が賢明だと口にはしない。 「そうやって、父上は……いつもいつも母上を一人締めするんだ!!」 「「は?」」 ポカンッとしてしまった二人の隙を突き、虎菊丸は、再びに抱きつく。 会話の流れからだと、政宗が父親だと聞こえる。 「虎菊丸君? 父上って誰のこと?」 慌てて聞けば、虎菊丸は政宗を指差す。と政宗は顔を見合わせるが、どちらも覚えなど無い。 「オイ、餓鬼、出鱈目ぬかしてんじゃねえぞ。本当の親の名前を言えよ」 「父は伊達政宗、母はその正室、愛姫、ともかぐや姫とも呼ばれてる。奥州筆頭なんていわれてるくせに、自分の子供の顔すら忘れたのかよ?」 虎菊丸の言葉に、政宗の額には青筋が浮かぶ。今にも抜刀しそうな政宗をは落ち着かせる。 「虎菊丸君。貴方のご両親に私達が似ているのかもしれないけど、私達に子供はいないの」 「母上まで……」 「ああ、泣かないで、ね?」 「Ha! 男の癖に泣き虫な野郎だな」 政宗がそういえば、虎菊丸はまた政宗を睨む。 「父上だって、小さい時は泣き虫だったんだろ!! 成実兄や虎哉和尚に聞いて知ってるんだから!」 成実や虎哉の名が出てきたことで、政宗の表情が変わる。 もしかしたら、本当に自分達の子供なのかもしれないと思い始めたのだろうか。だが、そうなると、何年か先の世から来たことになる。 「本当に俺等の子供ってことか? だとすると、先の世から来たことになるが……そんなことが……」 あるわけがない、そう言おうとしただろうが、政宗はを見て言葉を切った。 「無いこともない、か……」 はここから何百年も先の世から来たのだ。ありえないことではない。それはが良く知っている。 「虎菊丸、お前が俺達の息子だっていうのは信じてやる。だが、それはもっと先の話のことだ。今の俺達の息子じゃねえ」 虎菊丸は言っていることが分からないのか、眉を寄せている。 「あのね、虎菊丸君のご両親は、何年も先の私達で、今、貴方の目の前にいる私達じゃないの。分かる?」 にそういわれ、虎菊丸は暫く下を俯いていたが、やがて、顔を上げた。 「やっぱり……違うんだ……。ごめんなさい。本当は僕の知ってる母上や父上よりも若いって思ってたんだ……。でも、僕……寂しくて……」 再び泣きそうになる虎菊丸を、はそっと抱きしめて、背中を撫でてやる。 先ほどの行動からも分かるように、虎菊丸は母親のことは素直に聞くようだ。 「うん。不安だったよね。知らないところに来て。大丈夫。帰れるまでここに居ていいから」 政宗に視線を向ければ、彼は溜息を一つ吐いた。 「ったく、世話のかかる餓鬼だな。に感謝しろよ」 「間違っても、アンタには感謝しないから、安心してよ」 「この餓鬼…………一度痛ぇ目見ないと分からないみてーだな」 政宗は、虎菊丸の頭を掴もうとしたが、上手く避ける。 「はっ! それくらいで、熱くなるなんて、クールじゃないんじゃない?」 どこか、政宗を彷彿とさせる表情で、虎菊丸は政宗を挑発する。 そして、政宗が大人気ないのか、虎菊丸が生意気なのか、それから暫く二人は城中を追いかけっこしていた。 疲れて寝てしまった虎菊丸を間に、三人でいつの間にか寝てしまって居たが、起きてみると虎菊丸だけ居なかった。 元々いるべきところに帰ったのだろう。それが彼の為にも良かったのだろうが…………。 「何か……ちょっと、寂しい……」 「そのうち会えるだろ」 「それはそうだけど……」 「なら、早く会えるようにしてやろうか?」 「…………えっ?!」 慌てるを余所に、政宗は妖しく笑っていた。 終 戻る 卯月 静 (08/11/25) |