【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫】

番外編 姿は違えども





 それは、ある日の成実の一言から始まった。

ちゃんって、嫉妬とかしないの?」
「え? 何、急に?」
「ほら、前にさ、殿に室がいるか聞いたことあったでしょ。そん時には、そういうのに、理解があるような口ぶりだったからさ」

 成実の言う通り、は以前、そういうことを言ったことがあった。

「するよ、でも、この時代は側室がいるのが普通でしょ?」

 は、なんともないような表情で答える。
 今、伊達政宗の正室はだ。そして、側室はいない。
 本来なら、早く跡取りを生むべきだが、それもまだいない。

「でも、殿は側室を作る気はないと思うけどなー」
「そう、かな?」

 政宗が側室を作らないなら、その方がいい。だって、一夫多妻制は普通だと、自分に言い聞かせているだけで、実際は平気なわけではない。
 政宗が自分以外の人と……そう考えただけで、胸が痛む。

「そうだって、ちゃんが目覚めなかった時だって、ずっと室を取るの拒んでたんだよ」
「……だったら、いいな……」
「じゃあ、確かめてみる?」
「え? どうやって?」

 驚き、成実をみると、成実は酷く楽しそうな顔をしていた。その表情は、どこか政宗に似ていて、やはり、従弟なのだと感じられた。




「なぁ〜。行こうよー」
「行かねーって言ってるだろ」

 成実は、手初めに、政宗を遊郭に連れて行くことにした。
 しかし、政宗は乗ってこない。以前なら、すぐに乗ってきた、というよりも、成実が誘われる側だった。

「なんでだよー。前はよく行ってたじゃん」
「俺は、もう行く必要なんてねえんだ。行きてぇなら、てめえ、一人で行ってこい」

 行く必要がない、すなわち、がいるからということだ。
 二人のことが好きな、というか、と政宗の二人が並んでいるのを見るのが好きな成実としては、喜ばしいことではあるが、今回はそういうわけにも行かない。

「行くだけでいいからさ。ね?」

 今日は珍しく食い下がる成実を見て、政宗は不審に思っていることだろう。それくらいは、成実だって分かる。

「俺が何か企んでるって思ってるだろー」
「What do you expect?」(当たり前だろ)
「ふーん。じゃあ、俺の企みが怖いんだな」
「Ha! 誰がっ!」
「じゃあ、行く?」
「……いいぜ、行ってやる」

 政宗が意外とあっさりと乗ったので、成実は驚いた。しかし、計画が予定通り進んだのだから、よしとしようと、上機嫌で、政宗と城を出た。



 城下の遊郭。が来る前までは、たまに来ていた。
 本来なら、政宗がこなくても、城に呼びつければいいことなのだが、小十郎の目を盗み、サボることも兼ねていたために、わざわざ城下に下りていた。
 それだけではなく、遊郭には、伊達の忍が何人かいる。情報の交換をするのは、うってつけなのだ。
 しかし、それもが来る前までのことで、が来てからは、城下に下りても、行く回数は減ったし、を娶ってからは、一切来ていない。

「政宗様ぁ。ずっといらっしゃらなくて、寂しかったのですよぉ」
「今日は、ゆっくりしていってくださいますの?」

 着くなり、政宗は女性達に囲まれた。
 どの女性も、妖艶で、並の男なら、コロッとまいってしまうだろう。

「これは、これは。どうぞ、こちらに部屋をご用意しておりますので」

 奥から、年配の男性が出てきた。この店の主人だ。
 主人に促され、そして、成実に引っ張られ、政宗はしぶしぶ進む。
 成実の口車に乗ってみたものの、この状況をに知られたらと思うと溜息をついた。
 できることなら、彼女を傷つけたくはない。
 ある程度時間を潰せば、成実も満足するだろう。もしかしたら、はこのことを知っているのかもしれない。成実はなんだかんだで、のことを気に入っているようだ。それなら、成実の企みも話して、そして、自分を誘ったのかもしれない。
 それならば、が傷つく可能性も少なくなる。
 どちらにせよ、成実が満足しなけりゃ、政宗は城へは戻れない。
 そう思い、軽く息を吐いた。
 通された部屋には、既に料理が並んでいた。

「じゃあ、ここが殿の部屋! 俺は別室にいるから!」
「はっ? って、おい! 成実っ!」

 呼び止める政宗を残して、成実は足取り軽く、去っていった。
 結局、成実の企みとやらも分からず、だが、ここでさっさと帰ってしまうわけにはいかず、溜息をつきながら部屋に入り、襖を閉めた。
 部屋には既に、一人の女。この女が政宗につくことになったのだろう。

「……酒、ついでくれ」

 用意された席につき、杯を差し出す。
 女は、微笑み、政宗の隣に来て、酒を注ぐ。
 杯に口をつけたところで、政宗の動きが一瞬とまった。
 政宗は、視線を女に投げかける。

「………………」

 黙ってみる政宗に対し、女は何も言わず、首をかしげている。
 確か、さっき、酒を受けた時に違和感があった。

「nothing much.」(何でもねぇ)

 視線を外し、杯を飲み干して、政宗は酌を促す。
 女は何も声を発しない。
 酌をする女が誰かの面影と重なる。誰かと言われても分からない。政宗の知っている誰かに似ているのだろうが、化粧をしていて、尚且つ話さないためか、それが誰か明確には分からない。
 政宗は、女が酌をしようと、伸ばした腕を自分の方に引いた。

「えっ?!」

 思ってもみなかったことだからか、女は一言だけ言葉を発した。
 だが、その一言で十分だった。その一言で、目の前の女と、政宗の中のある人物とが重なる。
 政宗は口の端を上げ、女の耳元で囁く。

「ずいぶんと、sexyな格好してんじゃねえか」
「っ?!」

 女が思わず、顔を上げると、政宗と視線がぶつかる。
 誰か分かってしまえば、いくら化粧をしていても、その人物以外には見えない。

「なあ、

 言い当てると、は顔を真っ赤にしたまま、政宗の腕から抜け、座り直した。

「で、何で、そんな格好してんだ」
「えっと、成実が……その……確かめてみないかって……」
「何をだ?」
「それは……その……えっと……」

 成実の企みとして、がこんな格好をして、こんな場所にいたのは分かった。しかし、確かめるとは何なのかと問えば、は視線を泳がせて、言いよどむ。
 しかし、じっと政宗が見ると、観念したのか、小声で答え始めた。

「…………政宗が……他に女の人、作ったりしないのかなぁ……って……」
「…………You're a fool.」

 呆れたように溜息をつく政宗を、は軽く睨む。

「んなことしなくたって、俺は、お前の他に女を作る気はねえって。分かってるだろう」

 まっすぐ言われ、は赤くなる。こうまで言われて嬉しくないはずがない。

「……う、うん……」
「じゃあ、この話はこれで終いだ。ほら、その魚食わせろ」
「え? 食わせろって……」
「今の状況分かってるか?」

 言われて、は赤くなりながらも、箸を政宗の口元に持っていく。

「まあ、夜はこれからだしな。俺を謀ろうとしたんだ、覚悟しろよHoney」

 真っ赤だった顔を、青くさせつつ動きが止まったをみつつ、政宗はさも楽しそうに笑った。


終 戻る

20万打リク『成実と共謀して政宗になにかを仕掛ける』
卯月 静 (10/01/19)