【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 弐ノ壱





 平和な日々。  もちろん、今は戦乱の世。諸国では相も変わらず戦が行われている。
 それは、伊達政宗が納める奥州も例外ではない。
 国境ではいざこざが絶えず、周りの国々は隙あらば政宗の国を盗ろうとしている。
 しかし、そのことを差し引いても、奥州は平和だった。

「なあ、小十郎」
「駄目です」

 政宗は、後ろに控えている右目に問うが、その内容を聞く前に否定の言葉が帰ってくる。

「俺はまだ、何も言ってねえ」
「言わずとも、政宗様のおっしゃりたいことは分ります」

 表情一つ変えず答える小十郎に、政宗は眉を寄せた。
 政宗が幼少の頃から使える小十郎。彼だからこそ、その言葉に嘘はないだろう。だからこそ、この右目は頼りになる。しかし、こういう時は考え物だ。
 政宗は朝から執務に追われている。
 つまりは、朝から机に向かいっぱなしということで、小十郎はその監視のようなものだ。
 正直言って、そろそろ勘弁してほしい。そう思っても不思議ではないはずだ。

「政宗ー?」
「やっと来たか」

 襖の向こうから声がかけられ、政宗は天の助けとばかりに机から離れて、襖を開ける。
 誰が来たのかは、もちろん小十郎も分っている為に咎めることはない。僅かばかり溜息は吐いたが……。
 政宗が襖を開けたその先にいたのは、一人の女性。
 名前は。手には湯のみと茶菓子が乗った盆を持っている。
 一見、政宗に茶を運んできた女中か、とも思えるが、彼女はそうではない。
 そもそも、女中では、政宗を呼び捨てには出来ない。

「やっと、tea timeか」

 は部屋に入ると、政宗の向かいに座る。
 彼女こそ、『竜の宝珠』と呼ばれ、政宗に大切にされている、彼の奥方だ。

「小十郎さんもどうぞ」
「ああ、悪いな」

 政宗の休憩時間に、お茶をするのは、いつの間にか日課となっている。
 茶菓子を選ぶのは主に。城下で見つけたものや、自分で作ったものなどいろいろだ。
 以前は、飽きたらすぐに逃亡していた政宗だったが、が茶を運ぶようになってからは、それも減った。
 きっと、とのこの時間を楽しみにしているのだろう。
 そして、そんな二人を、小十郎が見守るのも日課となっていた。




「で、小十郎さんには?」
「言うわけねえだろう」
「……やっぱり」

 政宗とは城下にいた。
 先の会話から分かるように、小十郎には黙って、二人は城下に来ている。
 ある意味、これも日課であるのかもしれない。もちろん、この後に城に戻ると小十郎に怒られるのは目に見えている。
 城下の人々に顔を知られているとは言え、一応はお忍びな為、今の政宗は刀を一振りしか持っていない。

「政宗様、こちらいかがですか?」
様、こちらのお着物はお奨めですよ」

 政宗はもちろんのこと、城下を歩くと、も声をかけられる。
 は少しの間は城下で暮らしたこともあり、顔見知りもいる。しかし、それだけでなく、二人で城下に来ることは多いため、自然と人々は声をかけるのだ。

「美味しい〜」

 は、茶屋で、新作の菓子に舌鼓を打っていた。
 この店は、のお気に入りで、城下に来るたびに寄っているし、城にも持ってきて貰っている。
 店主とも仲良くなり、新作の味見などもこうやってさせてもらっているのだ。
 今回も店に寄ると、店主が新しい菓子を作ったから味見をといわれ、今に至る。

「何? どうかした?」

 自分をジッと見る政宗に、は問うが、

「何でもねえよ」

 と返され、

「俺のもやるよ」

 と、政宗は自分の皿をに差し出した。
 は不思議に思ったが、聞いても答えてはくれないだろうと、素直に受け取る。
 やっぱり、この菓子は美味しい。
 菓子も食べ終わり、店を後にし、いろんな店を冷やかしていた。

「へぇ……いい刀だな」

 国境に近い鍛冶屋、そこに飾られていた一振りの刀を、政宗は見ていた。

「流石、お目が高い。と言いたいとこだが、その刀はやめておいた方がいい」

 この店の店主だろう男が、奥から出てきた。

「What's mean?」どういう意味だ?
「分ってるんだろ、とっくに」
「……妖刀、だな」
「え? 妖刀?」

 は刀をジッと見てみるが、何の変哲もない刀に見える。

「……It's interesting」おもしれぇ。

 その言葉に、はハッとして政宗を見た。
 そして、政宗の表情から嫌な予感がした。  


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卯月 静 (10/11/23)