【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 八拾伍





 城は朝から慌しかった。女中はバタバタと走り回っているし、城の者は、皆そわそわしている。
 その光景は、戦の前の慌しさに似てはいるが、その雰囲気は全く対極にある物だった。
 戦前は、慌しく、皆どこかピリピリしている。城に残る者は不安気だし、出陣するものはギラギラしている。
 皆が忙しく、慌しく、落ち着かないという点では同じだが、今は待ちに待った日がようやっと来たという感じだ。皆の表情はとても明るく、御褒美を今か今かと楽しみに待っている子供のようでもあった。
 それも無理はない。
 本日は、皆が待ち望んだ、城の主である伊達政宗の婚儀が行われるのだから。
 主の婚儀となれば、皆が待ち望み、それ故に気合も入る。ピリピリはしていないが、ある意味では殺気だっていると言ってもいいかもしれない。
 だが、ただ一人だけは、浮かない顔でここ数日を過ごしていた。
 本来なら、誰よりもこの日が嬉しいはずなのに、その表情は暗く、出るのは溜息ばかり。

「はぁ…………」

 それは、当日である今日も同様で、今も溜息を吐いている。
 婚儀の主役であるとも言える、花嫁であるはずの。彼女はここずっとこんな調子だった。
 政宗との婚儀が嫌なわけではない。むしろ、嬉しいのだが、それでも気分が沈んでしまい、溜息ばかり吐いてしまう。
 窓の外を見ては溜息を吐く。その繰り返し。今日も、起きてから、ずっとそれを繰り返している。

「……はぁ…………」
「あーもうっ! 何なのよ、あんたはっ!!」

 が溜息を吐くと、天井から猫が叫びながら下りてきた。
 猫は、に詰め寄る。

「さっきから、溜息ばかりじゃないっ! 今日は政宗様との婚儀なのよ、嬉しくないのっ?!」
「いや、嬉しくないわけじゃないけど……」
「だったら、ここ数日の落ち込みは何」
「いや、それは……」

 猫のあまりの勢いに、は押される。

様、そろそろ着替える時間ですよ」

 すーっと襖を開けたのは、着物を持った喜多。着付けは彼女がしてくれる予定だ。
 猫に詰め寄られていたが、助けとばかりに、猫から離れる。

「政宗様の元に嫁ぐのは不安ですか?」

 着物を用意しつつ、自然に問われた。
 その驚くの様子を見て、優しく微笑みながら、先ほどの猫の会話が聞こえたといい、そして、そのまま言葉を続ける。

「ここ数日、様が溜息ばかりなのは、猫だけではなく、私達も気づいておりましたよ。婚儀前の女性は誰もが不安になるものです」
「……心配掛けてすみません。でも、別に婚儀が嫌なわけじゃないんです」

 政宗の奥さんになれるのは、嫌なわけじゃない。戦略結婚ならいざ知らず、好きな相手と一緒になれるのだから、これが幸せでないはずがない。
 だから、先ほど喜多が言ったように、不安なのだ。政宗の妻になることがではなく、奥州筆頭の妻となることが。所謂、マリッジブルーと言うものだろう。

「こんなこと言ったらきっと、政宗は怒るだろうけど、本当に私でいいのかって……。何処かのお姫様でもないのに、奥州を治める伊達政宗の正室が、こんな平凡な娘でいいのかなって……。身分とかそんなこと今まで考えたことなかったのに、いざ結婚ってなると、なんだか……」

 今までは、身分なんて考えてもいなかった。そもそも、現代から来たにとって、身分という物があまりピンとこない。
 だが、いざ結婚となって、自分が彼の花嫁でいいのかと、もっと相応しい人が他にいるのではないかと不安に思うのだ。
 政宗のことが嫌いなわけではない、むしろその逆で、好きだからこそ、不安になるのだ。
 事実、が政宗の正室になることを反対している者もいる。表立って言わないだけで、全員が全員賛成だとは限らないのだ。

「……だ、そうですよ」

 猫も、喜多も、がぽつぽつという言葉に何も口を挟まなかったが、が言い終わると、喜多は後ろの襖を開けた。

「アンタ、そんなこと考えてたのか」
「ま、政宗……」

 立っていたのは、間違いなく政宗で、その表情は怒っているような、呆れているようなそんな表情だった。
 視線を猫と喜多に、向け、二人きりにさせろと訴えると、二人は、部屋を後にした。そして、二人が居なくなると、座っていたの傍に来て、その正面に座る。

、手出せ」

 怒られるか、呆れられるかと何か言われるだろうと思っていると、予想もしていない言葉を向けられた。
 キョトンとしていまい、言われたことに気づき、手を出そうとすると、政宗に左手首を捕まれ引っ張られた。
 そして、左手の薬指に、何かが触れていた。

「え……うそ……」

 の左手の薬指には、金色の指輪。

「アンタが俺のモノって印だ」

 幸せすぎて涙が出そうというのは、こういうことをいうのだと初めて知った。
 戦国の世に来たから、ウエディングドレスも、指輪も、新婚旅行も諦めていた。言えば政宗は叶えてくれるかもしれないとは思ったが、それはの我侭に過ぎないからといわなかった。
 でも……。

「……綺麗……」

 指輪を見ては口元が緩む。
 嬉しそうなを見て満足したらしく、政宗の視線は優しくに注がれている。

「不安になるなとは言えねえが、一人で溜め込むなよ」
「……うん」

 ふと気づいた。の居た現代での話になるから、この時代ではどうか分からないが、結婚指輪は、夫婦でするものではなかっただろうか。

「政宗」
「なんだ?」
「政宗が私のものっていう印は?」

 言えば、政宗は視線をから外して顔を逸らした。その逸らした顔が心なし赤いのは照れているのだろうか。

「あ、でも、この時代は一夫多妻せいだもんね……」
「……I have it.」

 落ち込みかけるに観念したのか、ボソリと呟く。そして、がしているのよりも、少し大きい指輪をに渡した。

「政宗、手出して」

 はニコニコと言う。嬉しそうなとは対象で、政宗は渋々手を出す。その手をとって、薬指にはめる。
 政宗を見て、

「照れてる?」

 と聞けば、

「Shut up.」

 と言われてしまい、そして、そんなやり取りも幸せで、は暫くクスクスと笑っていた。





 その日行われた婚儀は、とても素晴らしく、城中、いや奥州中が二人を祝福していた。
 花婿も、花嫁も幸せそうで、見ていた者達皆が、幸せな気分になった。
 小十郎は感動のあまり涙し、成実はいつも以上に政宗にちょっかいを出しては綱元に窘められ、猫や喜多たち女性陣には、如何にして夫の手綱を握るかを指南された。
 そして、その光景を笑ながら、寄り添う二人の指には揃いの指輪が光っていた。    


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卯月 静 (08/06/10)