それは控えめな貴方への我侭






「土方さーん」

軽い調子で駆けて来る足音と、それと同じ調子で声をかけられ土方は歩みを止めた。
なんだ? と問い振り返る暇もなく、背後からの足音は強く地面を踏みしめた気がして。
それがなんであるか判断する猶予もないまま、防衛本能で半身を後方へと避けた。

「……………………」

「……………………」

したっと、訓練された隊士さながらに、見事に地面に着地したと、土方は苦笑いしながら見つめ合い。
遅れて、土方のタバコの先がぽろりと落ちた。

灰ではない。タバコ本体だ。
切り口は、まるで刃物で一刀両断さながらの鋭さで。

「……………………」

くわえていた煙草と、地面に落ちたその片割れと。交互に見遣ってから。

「何持ってんだ、!?」
「包丁」

「わかってんだよ、そんなことは!」
「素晴らしい業物です。職人芸に近いのです」

「そこまで聞いちゃいねーんだよ!」

うりうりと、の頭をにじるようにこぶしを落とし、土方は仕方なく、地面に落ちた火のついたタバコの切れっぱしを踏んで消した。

目の前の女性はよく行く食事処の娘で、という名だった。
なにかと気さくな性格で、真選組の隊士たちとの交流も深い。
だからといって、土方との間に何かあるというわけでもなく。

だが、ただの顔なじみ以上の”何か”があるのは確かだろう。
それは親愛という感情だけなのかもしれないが。

「市中こんなもの振り回して、俺に捕まえられたいのか?」
「そうねー。土方さんに捕まるのなら本望かな?
……じゃなくて」

「今の、ノリ突っ込みの雰囲気じゃなかったろうが」
「ありゃ、もしやマジ話でしたか?」

「それ以外に何がある。この通り魔」
「やだなぁ、愛情表現ですよ」

きゃっ、とふざけてシナを作って、恥らうように土方の背中を叩こうとした。
包丁を持った手で。
間一髪で、やはりこれも防衛本能か避けて見せた土方は、から距離をとった。

「いっけね」

てっへ、と頭をかいて、やはり照れ隠しのつもりなのか、包丁をぶんぶんと振り回す。

「…………お前、俺のこと嫌いだろう?」
「ん?」

満面の笑顔を返され、二の句が継げなくなった。

本心なのか冗談なのか判断しかねたのだ。
その満面の笑みが地面に落ちた火の消えたタバコを見つめた途端、柔らかなものと変貌したからだ。
どこか、安堵にも似た表情だった。
その表情が何故現れたのか土方には想像も出来なかったが、毒気を抜かれたことは確かだ。

「……嫌いだったら、包丁持ってきてませんよ」

す、とタバコを拾い、大切そうに両手で包み込んだ。

「だって…………他の女性を好きになる前に、貴方を殺して私も死ぬー!
…………って、あれ、土方さーん?」

物陰に一気に走り隠れた土方を、首だけで追って、やがて小首をかしげた。

「なにしてんですか?」
「それはお前の表情に問えや!」

「迫真の演技でしたか?」

再びシナを作って笑いかければ、土方の青筋はより明瞭に浮き立ち。

「俺ァ、暇じゃねェんだよ。呼び出しかかってんだ」

「あ、それそれ」

本来の目的を思い出したのか、はぽんとこぶしを打った。

「百円、貸してください」

「はぁ!?」

突拍子もない台詞に、素っ頓狂な声を上げる土方。

「副長ともあろう方が、百円も持ってないってことないですよね?」

ずいっと、今度は包丁を持っていないほうの手を差し出し、その手のひらに乗せろというように催促する。

「なんのために貸さなきゃいけねぇんだよ」

「百円が倍になる方法、知ってます? なぁに、すぐですよ」

「博打は止めておけよ」
「……土方さん、そのいちいち真に受ける性格って、何とかなりませんかね?」

真剣に忠告する土方に、あきれ果てたかのように肩をすくめて、は視線を逸らした。

「お前、絶対、俺のこと嫌いだろう……!?」

苛立ちが最高潮といった体でわなわなと震えて。
構っていられんとばかりに身を翻せば、ぐっと腕を掴まれた。

、いい加減に……」

「大丈夫だって信用してますけど……!
ちゃんと、私の包丁を避けるだけの危機意識はあるって確信しましたけど!」

振り返れば、の顔が目の前にあって。不安そうにその表情は歪んで土方を見上げていた。

「だけど、確証がほしいんです。そのために土方さんは無事に戻ってくるって!」
……?」

「悪ふざけが過ぎたことは謝ります」

更に、土方の腕を掴む力が強くなって。
それに比例して、の声が小さくなっていく。

「怖いんです」

うつむいて、声は震え始める。

「……ふざけて貴方と相対していないと、押しつぶされてしまいそうなくらい」

普段は男勝りの感があるが、今は小さく、小さく。
引き止めるために掴んだ腕だけが総ての頼りとして、すがりつくかのように。

「……聞いたのか?」
「はい」

見上げた瞳は、今まさに涙が零れ落ちそうなほどためていて。

「包丁を置く時間がもどかしいくらいに、土方さんに一言言いたくて走ってきました」

気恥ずかしげに包丁を後ろ手に隠して、笑う。

「貴方がえいりあんを確保しに行くって聞いたから……」

心配で、来たのだと。

「心配すんじゃねェよ」

土方にくしゃりと頭をなでられ、衝撃で涙が零れ落ちた。
それで堰を切ったかのように、大粒の涙が流れ始めた。
不安から安心に気持ちが切り替わったがために。

「はい」

だが、止まることを知らないかのように流れ続ける涙はどうしようもなく。
ようやく土方の腕を放し、手の甲で何度も涙の筋を拭いた。

「ったく……」
「……土方さん……?」

その腕を、逆に今度は土方が掴み、に手のひらを広げさせた。

「ほら」

そこに、銀色に光る銀のコインが舞い落ちる。

「満足か?」

タバコの煙の香りと共に、土方が仕方ないヤツだとばかりに笑む。

「……はい!」

その紫煙の先の光景に、同じように笑んだかは百円玉を握り締めた。

「必ず、戻ってきてくださいね。
この百円玉を土方さん本人が受け取るために。私に会いに」

「おう」

「美味しい料理、作ってお待ちしてますから」



不安も希望も、総て銀色のコインに託して。

そのための、確証と物証。



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後書きという名の言い訳

尻切れトンボ。
”えいりあん”出現の緊急性と危険性って、どれくらいなもんなんですかね?


某所でこっそりリクの、卯月様のリク。
ヒロインに振り回される土方。

本当はヒロインは男勝りで、物語の始まりは百円借りるところから――だったんですがー……
計画倒れはよくあること。

ちなみに、初対面というカッコつきもあったんですが、出来上がって思い出したという……
真面目にごめんなさい(土下座)


文月遊様のサイトでやっていた、100のお題夢のリク募集に応募して頂いたものです。
土方さんがカッコよくて、卯月はメロメロ(死語)になりました。

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