跳ね馬の理性、種馬の我慢 デート編待ち合わせ場所で時計を見たディーノは弾む気持ちで恋人の到着を待ち侘びた 。 部下のいない二人きりでのデート。 滅多にない機会なだけに数日前からディーノの気分は上がりっぱなしで今も口 元には綻ぶような笑みが浮かんでいる。忠実な女部下には「気持ち悪い笑み浮か べてんじゃないわよ」と一蹴されたが、いつもならへこたれる言葉もその日は大 して気にもならなかった。大きな仕事のヤマを超えたからこそ実現できた時間に 浮かれないわけがない。 周囲に視線を流しての姿を探す。休日の待ち合わせスポットは人で溢れかえ っていたが、一度ここで待ち合わせをしてみたかったというのが二人の小さな夢 だ。 「おい、あれ見ろよ。すげー美人」 ふと、近くの男の声が耳に入ってディーノは意識だけをそちらに向けた。 「本当だ。いいねぇ、セクシーな格好。お、こっち来る」 「声掛けようぜ!」 「当たり前だ! ……って、先越されたか」 美しい女性に声を掛けないのは失礼だ、という万国に知れ渡るイタリア男の常 識は、特にこういった場所では八割方が正解である。対してイタリア女はそれを あっさりと流すのだが、男達の視線の先にいる女というのもどうやらあっさりと ナンパをすり抜けてこちらに向かっているらしい。 (、無事に来れるよな?) 自慢の恋人は贔屓目に見なくてもいい女だし、その魅力を十分知るだけに声を 掛けられる姿なんていくらでも想像することが出来た。別段彼女が他の男になび く心配など欠片もしていなかったが、他の男に声を掛けられている光景は想像す るだけで面白くもなんともない。 落ち着きなく時計に視線を落とせば不意に視界の端に女の足先が映った。見覚 えのないサンダルと風向きから香った香水の香りは、悪くはないが覚えのないも のだ。 ナンパは男の特権じゃない。本日何度目かのお誘いかと思ったとき、素早く行 動を取ったのはディーノではなく隣の男達だった。 「美人さん、待ち合わせ?」 「俺らと遊ばない?」 ディーノが渋々と視線を上げるよりも早くに飛び出した浮かれた声に、女が優 雅に微笑むのを空気だけで感じ取った。その女の手がディーノの肩に伸ばされた とき、肌に伝った温度と指に光る指輪を見て、ディーノはようやく現状を察知し た。 「ごめんなさいね。これから彼とデートなの」 弾けるように顔を上げれば笑顔のが立っている。条件反射で男達に視線をく べれば肩を竦めて去っていくが、それを最後まで見送らずにディーノの視線は へと戻された。ぽかん、とした呆けた表情は部下達が見れば「間抜けすぎる」と 嘆いたに違いない。 「お待たせ、ディーノ」 目の前に立つは、見たこともない大胆で魅惑的な格好をしていた。 「……?」 風に揺られた髪が大きく開いた胸元で踊る。色鮮やかなワンピースもつられる ように波を打ち、裾から覗いた脚の白さと滑らかさを惜しむことなく空気に触れ させる。 男を誘う挑発的な装い。その中に品を忘れさせないのが彼女の本質を表してい たが、それがより一層女の色香を漂わせてディーノは眩暈を起こしそうになった 。 「アレッシアにプレゼントされたの。たまにはこういう格好もいいかなって。… …変、かな?」 「……っぜ、全然変じゃない! むしろ、すっげー似合ってる!」 一瞬の沈黙から我に返って、慌てて首を左右に振る姿からはその動揺っぷりが 窺えるだろう。同時に隠しきれないほど緩みきった口元が、実に忠実にディーノ の心境を物語っていた。 (ナイスだ、アレッシア!) 心の中で拳を握り締めての友人に賛美の言葉を送る。公私共に完璧な仕事を こなす彼女は今頃親指を立てて高笑いをしているかもしれない。 最愛の恋人の魅惑的な姿。それは常日頃の魅力に拍車をかけて健康的な成人男 子の心をいとも容易くくすぐった。――そう、行楽日和の朝一番から不埒な心に 火が灯る。 いますぐ部屋に舞い戻って抱きしめて自分一人だけのものにしたい。 沸きあがる衝動にウズウズと動き出そうとしている全身を、しかし、鍛え抜い た理性で自らを律してみせたディーノは、やはり数千の部下を束ねる屈強なマフ ィアのリーダーたる男だった。 の表情は照れと恥ずかしさと不安を織り交ぜたものから一変して喜び一色に 染まる。 「思い切って着てみてよかった。ディーノはこういう格好、好き?」 「もちろん。どんな格好のも大好きだけど、今日は一段とセクシーで俺の心臓 がもたないかも」 「相変わらず上手なんだから」 流れる動きでの腰に両腕を回せばすっぽりと腕の中に収まる体。 このまま閉じ込めてしまえればどれだけいいか。 照れ笑いを浮かべるその口元についばむようなキスを落とせば、自分の腰にも 回された腕の感触が嬉しくて最後は時間をかけたキスを楽しむ。 「……、ヤバすぎ。今日一日、他の奴らにものこの姿を見せるなんて勿体な さ過ぎる」 「妬いちゃう?」 「すっっごくな」 猫がすがるように肩口に頬を押し当てて、から見えないのをいい事に視界に 映る男達を牽制すれば慌てて顔をそらす者が続出した。睨みを利かしたディーノ は、一見した優男の印象など吹っ飛ばすおっかなさだ。 「嬉しいけど、我慢してね? こうして二人で、一日中デート出来る日なんて滅 多にないんだもの」 「わかってるって」 「だからね、」 ――夜はディーノが独り占めしていいよ。 耳元で告げられた甘い甘い囁きは、ディーノの鍛え抜いた理性など一瞬にして ぶち壊すほどの威力を持っていた。 固まったディーノの腕からあっさりと抜け出したは、動きを取り戻せないデ ィーノにぴったりと寄り添って腕を絡ませた。嬉しそうに表情を綻ばせて、にこ りと微笑まれればディーノも笑顔を返すしかない。 デートは楽しい。しかし、お預けは悲しい。 (……………………いやいやいや、我慢しろ俺。デザートは基本最後だろ) 必死の自制心も妙な動悸を起こす心臓には伝わったのか伝わらなかったのか。 「ねえ、ディーノ。お昼何食べる?」 (お前が食べたいなんて言えない……) この日、ディーノの葛藤は過去最高を極めたのだった。 『種的日常』のハナ子様の所で、突発企画に参加し、運よくリク権を手に入れて頂いたものです。 本当にありがとうございました。そして、やーるー(ヤモリ)に感謝! 卯月静 戻る |