癒し手「お疲れ様です、ボス!」 自室の扉を開けると同時に、笑顔で目の前に現れた女の姿にディーノは扉を開けたままの姿勢で驚き目を見開いた。 「……っ、お前、帰ってたのか!?」 「はい! 研修先の中国より無事に帰国して十五分前に本部に戻ってきました!」 元気いっぱいの返事と満面の笑顔は年齢よりも幼さをかもし出す。これでもディーノとあまり歳が変わらないのだが、東洋人はどうにも若く見られてしょうがない。 はキャバッローネ専属の日本人のマッサージ師だ。主にその相手はディーノを優先とさせるのだが、予約さえもらえればファミリーの誰にでも分け隔てなくマッサージを施す。たかがマッサージと侮る事なかれ。その効果のほどは絶大で、肩こり腰痛生理痛、美顔マッサージから痩身、その手法はアロマから指圧、鍼灸とまで実に幅広く取り扱う。 男女問わずに絶大な人気を誇るのマッサージはファミリー内でも予約待ちの状態になることがしばしばだった。しかし、そんな中で当然研修に行きたいと願い出たのは三ヶ月ほど前のことだ。何でもどうしても学びたい人がいるとかで、以前より便りを出し続けてようやく受理されたのだとか。 自ら学ぼうとする者を止められる理由もなく、惜しむように見送った空港の出国ゲートで、は手を振りながらディーノと約束を交わした。 『戻ってきたら一番にボスにマッサージしてあげますからね!』 約束通り、は帰国後休む間もなくディーノの元に駆けつけた。その様子に嬉しいようなくすぐったいような気持ちが湧き上がり、ディーノは目の前のを可愛がるようにくしゃくしゃと髪をかきまぜる。 「よく無事に帰ってきたな!」 「わっ、やあ、ボス。髪ぐちゃぐちゃになっちゃう!」 「ハハハ。元気にしてたか?」 「もちろん! ボスもちゃんと体休めてあげてた?」 「あー、まあな」 「ははは。嘘くさーい」 髪で遊んだディーノの手に指を絡ませて、楽しそうに笑うを楽しそうな表情で見下ろすディーノ。傍から見れば再会を喜び合う恋人か兄妹のように見えるが、一応は上司部下の関係である。……一応は。 部屋の扉を閉めたディーノが上着を脱ぐと慣れた仕草ではそれを受け取りハンガーにかけた。仕事上がりにマッサージをするため、ディーノの部屋には度々出入りをするので勝手知ったる何とやらである。 「三ヶ月間、長かったな。皆お前が帰ってくるのを楽しみにしてたんだぜ」 「うん。帰ってきたらすぐにでも引っ張り蛸にされそうだったから、部屋に荷物置いて即ボスの部屋で待ってたのよ」 賢いでしょ、と得意気に言われて条件反射で褒めようとしてしまうディーノだったが、はっと現実に気が付くと苦笑を浮かべての頭を優しく撫でた。 「ありがとな。でも、もうこんな時間なんだから休まなくて平気なのか? 疲れてるだろ?」 「飛行機の中でいっぱい寝てきたから平気。それよりもボスに寝る前に約束のマッサージしてあげるほうが優先なのよ」 「寝る前に?」 「そう、寝る間に。特別なマッサージ」 ふわりと笑ったは、頭を撫でるディーノの手から離れて正面からそっとディーノを抱き締めた。いつものようにじゃれ付くような抱き付き方ではない。それは優しい抱擁のように、小さなの体がディーノの体を包み込む。 「……っ?」 今までにない抱き締められ方に思わず上擦った声が上がる。自分の胸元までしかない小さな女の腕が背中に回されている。布越しに伝わる体温と、久々に香った彼女の香りが自然と体を強張らせた。 「ボス……力、抜いて?」 囁く声が甘さを含んでいるような気すらして。 背中に回された手が上から下へと背筋を這う。ぞくり、と震えそうになった体にディーノは理性をフル動員させて耐え忍ぶが、顔に溜まった熱まではどうにもなりそうにない。 「、お前、何習ってきたんだ……!?」 「もちろん、マッサージに決まってるじゃないですか」 にこりと微笑む顔つきが、先ほどまでの無邪気な微笑みからはかけ離れて妖しい艶を帯びている。 ディーノを見上げたまま、背中に回していた手を解いたはそっと肩に手をかけた。まるでキスをせがむ女の仕草にディーノは動揺で瞳を揺らす。 「…………」 「……ボス」 そのまま流れに任せるように屈もうとしたのは男の性だ。もちろん、気のない女に迫られても同じ事をするのかと聞かれたら、そこはNoと答えておこう。 だが、それは一瞬の隙とも言える。無意識に理性の外れたその隙を狙ったかは定かではないが、肩に添えられたの手はおもむろにディーノを後方へと突き飛ばした。普段であれば踏みとどまることも容易な衝撃に、しかしディーノは思い切りバランスを崩して背後へと倒れこんだ。背後は……ベッドである。ディーノの体は慣れ親しんだ柔らかなベッドに優しく受け止められた。 「わっ、あっぶねー……て、え、?」 ギシリ、とわずかな音を立ててベッドが揺れる。倒れこんだディーノの足元ではがベッドの上で膝を立てて笑っていた。 「やっぱりねー。見た瞬間からアレ?って思ったんですよ。ボス、だいぶ背中にきてますね。右側の起立筋が思った以上に張ってます。矯正した背骨もバランス崩れてるし。腰、左側に違和感がありませんか? ……ほら、私相手に興奮してる暇があるならさっさとうつ伏せになって下さい」 「あ、えーっと……」 「中国で学んだ新たなツボマッサージ、たーっぷり活かして明日の目覚めはすっきりにさせてあげますよ。大丈夫、下手な女とのセックスより断然気持ちいいですから」 「ツボ!? え、ちょ、待て! お前のツボ押しはマジで痛……って、ああーーー!!」 ツボ押しの痛みに叫ぶディーノの悲鳴はしばらく続いたが、聞き慣れている屋敷の住人達は「あ、が帰ってきてたんだな」程度の感想だけで済ませたのであった。 翌朝のディーノの目覚めはの言葉通り驚くほどすっきりしたものだった。 しかし、しばらくマッサージは受けたくないと思ってしまった事はどうにも否めない。 ハナ子さん宅の『種的日常』で『就活キャンペーン』というリク夢企画をしてらしたので、応募してみました。 いろいろな配属先を選べたんですが。 就職先:キャバッローネ 配属:リラクゼーション お相手:ディーノ で、見事採用して頂きました。ディーノに堂々と触れるというリラクゼーションというポジションはおいしいと思います。 ハナ子さん素敵な企画と、素敵な小説をありがとうございました。 卯月静 (10/01/10) 戻る |