昼休み。は、友人との昼食を終わらせ、僅かな残りの時間、いつものように図書室に向かっていた。
図書室のお気に入りの場所で、本を読むことが、の楽しみだった。あまり人が来ず、静かで、日当たりもよく気持ちいい。偶に他の人がいるが、滅多にそんな事はないから、大体行けば座ることが出来る。
読み終わった本を返し、新たに数冊選ぶ。
その本を持って、お気に入りの場所へ。
そこには椅子が三脚ほど置いてあったはずだが、何故か、それがない。代わりに見慣れない長椅子が置いてある。
は不思議に思いつつ、そっと回り込む。
「風紀委員長っ?!」
その長椅子では、見知った少年が眠っていた。見知ったといっても彼女の知り合いというわけではなく、並盛中に通っている者として、彼を知らない者はいない。風紀委員長である雲雀恭弥を、知らない者を探す方が難しいだろう。なんせ、彼は並盛を牛耳っているのだから。
思わず大声を上げそうになったは、慌てて、口元を手で押さえた。
眠っている彼を起してはいけない。そっとその場を立ち去ることにして、は踵を返した。
「何処に行く気?」
しかし、呼び止められ、は固まる……。
「ねえ、僕の質問に答えなよ」
「えっと……」
はゆっくりと振り向く。そこには、目を覚ました恭弥が居た。
「すみません。起すつもりは無かったんです。直に立ち去りますからっ!」
「待ってよ」
早く逃げないと、と思っていたのだが、恭弥に腕を捕まれた。
「あ、あの……委員長?」
「座れば?」
「でも……」
「座らないの?」
躊躇うに、恭弥は強く言う。は思わず反射的に、長椅子に座った。恭弥の様子から、座るまで放してくれなさそうだとも思った。しかし、恭弥が隣にいることで、はいろんな意味でドキドキだ。
「委員長っ?!」
「五月蝿いよ。動いたら噛み殺す」
恭弥は、が座ると、彼女の膝を枕にして、横になった。図書館だというのに大きな声を上げてしまえば、恭弥に低い声で返答を返され、口を噤む。
恭弥の「噛み殺す」は脅しでもなんでもなく、やると言ったらやる。
目を閉じ寝てしまった恭弥を見つつ、は全く動くこともできず、その場に固まってしまった。
目を覚ました恭弥の視界に、まず始めに入ってきたのは、眠っている。動くなと言った為か、彼女は恭弥が眠る前と同じ体勢で、眠ってしまっていた。
あの体勢で眠れるのは、器用だと思いながら、暫く見つめていた。
そして、恭弥は体を起し立ち上がる。
はまだ眠っていて、恭弥が起きたことにも気づいていない。
誰かがいる前で、ここまで熟睡できるのは羨ましいなと思った。恭弥は少しの物音でも目が覚めてしまう。
だが、先ほどは久々によく眠れた。彼女が居たにも関わらず、眠れたことは自分のことながら不思議に思い、正直驚いていた。
十分睡眠もとり、満足した恭弥は、を起すこともなくそのままにして、図書室を後にした。
が目を覚ますと、恭弥はもう居なかった。
「授業……サボっちゃった……」
時計を見ると、既に授業は終わっている時間。中々帰ってこないを、友人は心配しているかもしれない。
図書館にいることは、知っているはずだから、様子を見に来たとは思うが、恭弥がいたのだとしたら、きっと声など掛けられなかっただろう。
だとすれば、先生にも何とかしてくれているかもしれない。
「これ…………」
眠っていたには、学ランが掛けられていた。
並盛中の制服は、ブレザーだ。だが、風紀委員だけは学ランを着ている。
あの場にいた風紀といえば、恭弥だろう。彼がこのようなことをするのは想像も出来ないが。
「どうしよう……」
いつまでも持っておくわけにはいかないから、返さなければいけないのだろうが、恭弥のところまで行く勇気はない。
とりあえず、教室に戻らなければと思い。荷物を持って教室に戻る。
「あ、ちゃん。大丈夫?」
クラスに戻ると、京子に声を掛けられた。やはり心配させてしまったようだ。
「体調が悪くて保健室に行ってるって聞いて……」
京子の話によると、風紀委員の一人が、知らせに来たらしい。もしかしたら、恭弥が手配してくれたのだろうか……。
「あ、そうだ……」
は持っていた学ランのことを思い出し、綱吉を探す。
「沢田くん?」
「どうしたの?」
「お願いがあるんだけど、いい?」
綱吉であれば、恭弥と知り合いのようだし、きっと返してくれるだろうと思ってのことだったが、恭弥の名前を出すや否や、綱吉は無理だという。
「ムリムリムリ!!! 雲雀さんと仲がいいわけじゃないから!!」
「でも、よく委員長と話してるし……」
「とにかく、俺じゃムリだから!!」
綱吉があまりにも、全力で拒否するものだから、は仕方なく、綱吉に頼むことは諦めた。
結局返すことは出来ず、次の日になってしまった。
さすがに今日はいないだろうとは思うが、いるかもしれないとも思い、図書室のいつのも場所に行く。長椅子はいまだに片付けられてないようで、まだその場にあった。
「随分遅かったね」
「委員長!」
恭弥がいたことは驚いたが、これで学ランを返すことが出来る。は持っていた学ランを恭弥に差し出した。
「これ、委員長のですよね。ありがとうございました」
暫く受け取らず、じっと見ていた恭弥だったが、無言で受け取り、羽織った。
これで一先ず、楽になった。いつ返そうかと心配せずにすむ。
「今日はこれで、失礼するよ」
恭弥は、その場を離れる前に、振り返った。
「明日も来るよね」
「え?」
「来るんでしょ」
「は、い……」
「そう」
有無を言わせない恭弥の言葉に、思わず返事をしてしまった。
恭弥は、その答えに、満足したのか、の返事を聞くと踵を返し、去っていった。
立ち去る寸前、彼が少し微笑んだように見えたのは、の願望だったのだろうか……。
どちらにせよ、これからは恭弥と過ごす時間が増えそうだということは間違いないようだ。
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卯月 静 (08/12/04)