歌声




 並盛中の体育館に、全校生徒が集まる日が一ヶ月に一回ある。
 毎月の行事。その名も全校朝礼。
 全校生徒が体育館に集まり、クラスごとに並び、そして、校長の長い話を聞く。時たま賞を取った部活なんかは、表彰されることもある。だから、野球部の山本などはよく壇上に上がっているのを見る。
 そして、必ず最後に全校生徒で歌わされるのだ。並盛中校歌を。

 緑たなびく 並盛の 大なく小なく並がいい

 全校生徒が声を揃えて合唱。
 だから、は小声で、むしろほぼ口パクに近い状態で歌っていた。歌うことは嫌いではないし、友達とカラオケだっていく。だけど、どうも、こうやって大勢と歌うのは苦手だった。
 周りの生徒は、が歌っていなくても、特に気にした様子はない。きっと、中にはのように歌っている者もいるだろう。
 全校生徒が歌う様子を、体育館の二階から一人の生徒が眺めていた。しかし、そのことにが気づくはずもない。





ちゃん、風紀委員の人が呼んでるよ」

 今日も図書室に行こうか? と考えながら休み時間を過ごしていると、名前を呼ばれた。
 促された方をみると、風紀委員の証である学ランを来た生徒が、教室のドアの前で待っていた。
 これは確実にお呼び出しだ。しかも、来ているのは副委員長というところをみると、嫌な予感がする。
 もし、いい事で用があるなら、あの人は自ら来る。
 にあの人の呼び出しを無視するわけもできず、不安を抱えながら、応接室まで付いていった。

「委員長……お呼びですか……」

 応接室にいたのは、風紀委員長の雲雀恭弥。この間、図書館で会ってから、何かと関わることが多くなった人物。
 は、恐る恐る中に入る。

「君……朝歌ってなかったでしょ」
「え?」
「今日の朝礼のことだよ」
「……あ……」

 最初、何を聞かれたのか分からなかったが、全校朝礼の時の校歌斉唱のことだと思い当たり声をだす。

「いえ……歌ってなかったわけでは……」

 しどろもどろに弁解するが、自分をみる恭弥の視線は恐い。
 恭弥は、携帯の着メロを校歌にしているくらいなのだ。歌ってなかったなどと答えたら、噛み殺されてしまうのではないだろうか。

「ふ〜ん。じゃあ、ここで歌ってよ」
「ええっ!?」

 思わず大きな声を出すと、「うるさい」と恭弥に睨まれた。

「ここで歌ったら、今朝歌わなかったことも許してあげるけど。それとも噛み殺されたいの?」
「い、いえ、歌います……」

 心底後悔した。恭弥の前で歌うのは、人前で歌うということとは別に恥ずかしい。これならば、朝礼の時に歌っていればよかった。
 しかし、拒否すれば、本気で何をされるか分からない。身の危険を感じ、は渋々歌い始める。

「み〜ど〜り、たな〜びく、並盛の〜」
「聞こえない……」

 恥ずかしさで、小さい声で歌えば、恭弥にダメ出しされる。
 少し大きめに歌うが、それでも風紀委員長様のお許しはでないようだ。

「それじゃ、聞こえないよ。もっと大きな声で歌いなよ」
「む、無理……です……」

 思わず本音が出れば、恭弥に睨まれた。
 すると、恭弥は立ち上がる。

「ここに座ってよ。……早く……噛み殺すよ」

 は慌てて先ほど、恭弥の座っていた場所に座る。
 確かに、これなら、さっきよりも、恭弥に近いから、声は聞こえるかもしれない。しかし、近いなら、近いで、尚緊張して歌えるように思えない。

「ほら、続き」
「は、はいっ」

 先ほどと同じくらいの声で歌う。

「だ〜いな〜く、小なく〜、並でいい〜」

 何番まで歌わされるのだろうかと思いながら、出来るだけ恭弥の方を見ないように、正面を向いて歌っていた。
 すると、恭弥は、の正面の机に腰掛けた。目の前、真正面に、向かい合うようにして恭弥が座っている。

「歌、止めたら噛み殺すよ」

 思わず歌を止めようとしたが、そう言われれば止めることもできない。

「あ〜さつ〜ゆ、かが〜やく、並盛の〜」

 出来るだけ、恭弥を見ないように視線を外して歌う。

「「へ〜いへ〜い、ぼ〜んぼん、並でいい〜」」

 すると、途中から、以外の声が入って来た。
 思わず恭弥を見ると、彼も歌っていた。
 少し低めのだが、よく通る声。

「何見てるの? 最後まで歌わないと帰さないよ」

 歌う恭弥に見惚れていたが、それを指摘され、歌に戻る。
 さっきまでは恥ずかしくて、緊張していたが、いつの間にかそんな様子も無くなった。
 むしろ、こうやって恭弥と歌っているのは、どこか夢のようで、でも何故か嬉しくて、楽しくて、の歌う声は弾んでいるようだった。

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卯月 静 (09/01/18)