並盛の秩序が誰だとか、その人に逆らえば、どうなるだとかいうことは、周知の事実。
そうなると、その人が大切にしているモノに手を出せば、自ずとどうなるか分かるというもの。
これは、並盛に住む人の常識。そうあくまでも、並盛に住む人の、だ。
朝、が席につき、机の中のノートを取り出すと、ヒラリと何かが落ちた。落ちたものはどうやら、封筒のようだ。
宛名にはの名前。しかし、裏面の差出人の名前はない。
自分宛だということは、開けても構わないはずだ。
はそっと、封を切る。中には、便箋が一枚。
今日の放課後、屋上で待ってます。
便箋に書かれていたのは、シンプルな一文だけ。
最後にクラスと名前が書いてあった。しかし、はその名前に覚えはない。
名前からして、男子生徒のようだが、顔も分からない男子生徒が自分に何の用があるのだろうか、と首を傾げた。
何はともあれ、何か用があって、呼び出したのだろうから、行ってあげないと困るだろう。
その男子生徒の用がどんなものかは分からないが、時間がかかるようであれば、恭弥を待たせる訳にはいかない。一緒に帰れないのは残念だが、しょうがない。
昼休み、図書室で本を借りた後、応接室に寄った。
ノックをすると、中から「入りなよ」と声が返ってくる。そっとドアを開け、覗き込むように中に入る。
「珍しいね。君が休みにくるなんて」
「あの……今日、一緒に帰れなくなってしまって……それで……そのことを言いに……」
「そう」
「え、それだけですか?」
「他に何かあるの?」
「いえ、ありません」
はてっきり、どうして、と理由を聞かれるのかと思ったのだが、違ったらしい。
少し残念だと思うと同時に、変な期待をしてしまった自分が、少し恥ずかしい。
「そ、それじゃ、失礼しますっ!」
は、逃げるように応接室を後にした。
全ての授業が終わり、皆は部活に行ったり、友人と寄り道の計画を立てながら、帰り支度をしている。
はすぐ帰るわけではないし、荷物があると邪魔だろうと思い、カバンの類は机に置いた。
屋上に出ると、男子生徒が一人いた。きっと、彼がを呼び出したのだろう。
「さん、来てくれたんだね!」
男子生徒は、に気がつくと、嬉しそうに笑いかけた。
いかにも爽やかな少年といった容姿。しかし、は彼に見覚えはない。何故自分が呼ばれたのか分からない。
「えっと、何の用ですか?」
「僕のこと覚えてる?」
聞かれて、は思い出そうとするが、全く思い出せない。
「やっぱり、覚えてない、か」
「ごめんなさい……」
彼の口ぶりで、一方的ではなく、以前に接したことがあるのだろう。でもは全く覚えておらず、申し訳なく思った。
「いいよ。来てくれたし。……たぶん、覚えてはないだろうと思ってたから」
「どこで、会ったんですか」
「僕は、転校の初日に、校内で迷ってたんだ。それを君が案内してくれた」
言われて、そう言えばと思い出した。
校内で周りを見渡す生徒をみつけて、困っているようだったから、声をかけたのだ。その時、周りには人がおらず、だけだったのだ。
「あの時の……」
男子生徒が誰か分かったところで、やはり、何故彼に呼び出されたのか分からない。
「さん」
「は、はいっ!」
不意に、真剣な声で呼びかけられ、反射的に返事をした。
「好きです。僕と付き合って下さい」
「え……。えーっ!!」
予想もしていなかった展開に、は声を上げた。
手紙を貰い、異性に呼び出されたとなれば、大体内容は予想が付きそうなものだ。しかし、の中で、自分がそんな体験をするなんて、全く思っていなかった。
もちろん、友人がと同じ状況、つまり、手紙を貰い、異性に呼び出されたなら、告白だと言ったに違いないが。
「えっと……その気持ちは……嬉しいんだけど……その……」
どういって、断ればいいのだろうかと、はしどろもどろになる。
「付き合っている人がいる、とか?」
言われて、の脳裏に浮かんだのは、恭弥の顔。しかし、と恭弥は付き合っているのだろうかと疑問が浮かぶ。自分が恭弥を好きなのは間違いないのだが。
「それは……その……」
「人のものに手出そうとするなんて、いい度胸だね」
頭上から聞こえた声は、聞き覚えがある。聞き覚えがあるどころじゃなく、毎日聞いている。
と男子生徒は、声のするほうを見上げた。そこには、いつもの定位置、屋上への入り口になっているところの上に座っていた。
「君に言ってるんだよ」
恭弥は上から下り、の前に立つ。そして、男子生徒を睨みつけた。
「君は、さんの何なんだ」
男子生徒が恭弥のことを知らないわけはない。しかし、転校生である彼にとって、恭弥の認識は風紀委員長というだけなのだろう。
「愚問だね」
「答えになってないだろう!」
告白を立ち聞きされ、割り込まれ、あまつさえ質問にきちんと答えないとなれば、語気が荒くなってもしかたない。
しかし、雲雀恭弥という存在を分かっている者なら、先ほどの答えで、全てが片付く。
「さっき言わなかったかい。『僕のものに手を出すな』って」
「なっ!…………さん、君はこの男と付き合っているのか?」
恭弥の言葉に男子生徒は驚き、に尋ねた。
は恭弥と男子生徒を交互に見る。
付き合っているかどうかなんて、が聞きたい。は、恭弥を見るが、恭弥は何も言うつもりはないようだ。むしろ、が何を言うのか見ている。
付き合っていると言いたいが、違っていたら恥ずかしい。かといって、違うといっても、怒られそうだし……。
「付き合って……もらってます?」
の言葉に、男子生徒だけでなく、恭弥も驚いていた。
元々、予想も付かない言葉が返ってくるだが、まさかこんな言葉が戻ってくるとは恭弥も思っていなかったのだろう。
しかし、彼女らしいと言えば、彼女らしい。
「って、ことらしいけど、どうするの、君?」
恭弥は、の言葉に満足し、口の端をあげ、男子生徒に言う。
男子生徒は、悔しそうな顔をしている。
「もう、に用はないでしょ。さっさと、僕の目の前から消えてくれる。じゃないと……咬み殺す」
いつもよりも、低く言えば、男子生徒は、逃げるように屋上を後にした。
「委員長?」
「なんだい?」
「ここで、休まれてたんですよね。邪魔してしまってすみません」
の言葉に、恭弥は溜息を吐いた。
「委員長?」
「帰るよ」
「はいっ!」
一緒に帰れると、は足取り軽く、恭弥の後をついていった。
次の日、例の男子生徒は並盛から引っ越したとかそうでないとか。
Fine 戻る
卯月 静 (09/09/01)