いつも通りの昼下がり。
 東方司令部の事実上の司令官である、ロイ・マスタングは街で視察をしていた。
 今日は隣にホークアイ中尉がいて、いつものように視察と称してのサボリではない。正式な視察だ。
 だが、街の様子は相変わらずで、街の娘達の黄色い声援が飛び交う。
 その声援に向かって、ロイは笑顔で手を振っている。それがまた娘達の熱を上げる。
 そして、街の男達の嫉妬もその倍くらい受ける。

 イーストシティーの軍に対するイメージはそれほど悪くはない。治安がよいとはいえないが、街の人々は他の地区より軍に協力的だ。
 これも、きっとロイのおかげであろう。

「ん?」

 ロイの足元にはらはらと数枚の紙が落ちてきた。

「……楽譜?」

 ロイが拾い上げるとそれは楽譜だった。
 上からだろうと思い見上げると窓から一人の女性が顔を出していた。

「すみませーん。取りに行きますから、そのまま持っておいてくださーい」

 と言い残し少女は窓から顔を引っ込める。
 ロイは、落ちてしまった楽譜を拾い集めておく。

「すみません。ありがとうございます」

 後ろから声がかけられた。先程のこの楽譜の持ち主である女性だろう。
 ロイは女性に楽譜を渡す。

「貴女みたいな美しい女性と知り合えるなんて、光栄ですね。私は、ロイ・マスタングです。おをお聞きしても?」
「ええ、です。拾っていただいて、助かりました」

 は微笑んで答える。

「この後お忙しいですか?もしよければお食事でも?」

 相変わらずこの男は、とリザは隣で呆れている。これもいつものことなので別に怒るほども事でもない。

「すみません、お誘いは嬉しいのですが、用事がありますので。失礼します」

 といって、は帰っていった。
 まさか断られると思っていなかったのか、ロイは驚いている。




楽譜






「大佐がふられたってマジっすか?」

 東方司令部に帰るやいなやロイはハボックに問い詰められた。
 というか、何故ハボックが知っているのだろう。

「街で噂してたっすよ。大佐がふられたって」
「別にふられたわけではない。食事に誘うのに失敗しただけだ」

 ロイは不機嫌そうに答える。いや、実際不機嫌だ。
 今まで女性を誘って断られることなんかなかったのだが。

「そうだ、大佐明後日の夜暇っすか?」

 唐突にハボックが尋ねる。

「別に特にといって用はないが」
「順調に仕事をしてくれればですけど」

 リザが付け足す。

「じゃあ、コンサート行きません?」

 ハボックは数枚のチケットを見せる。

「コンサート?」
「あら、これさんのコンサートなのね」

 チケットを見た、リザが言う。
 そういや、彼女は何か楽器を弾いているようだったなと思い出す。



 会場には多くの人が来ていた。
 幕が上がる。舞台の中央にはグランドピアノが置かれている。
 幕のそでから一人の女性が出てきた。
 だ。
 椅子の座り、演奏が始まる。

 演奏中ロイはずっと彼女に見とれていた。
 彼女も彼女の演奏も儚く、今にも消えてしまいそうに感じた。

 演奏後、ロイは彼女、に会いにいった。

「ロイさん。演奏聴きにきてくれたんですか?」
「ええ、とても素敵な演奏でしたよ」

 ロイは女性限定の笑顔をに向ける。そして、いつ買ってきたのか、花束をに渡した。

「ありがとうございます」
「今夜は何か用事はありますか?」
「え?特にっては……」

 ロイに尋ねられ、は困惑する。
 今度こそ、とロイはを食事に誘おうと考えていた。

「でしたら、一緒にお食事でも」
「……ごめんなさい」

 はまたもや、ロイの誘いを断る。
 しかし、その顔はどこか悲しげだった。

「また、振られたっすね。まあ、当たり前って言えば、当たり前っすけどね」
「うるさいぞ、ハボック。……当たり前って、何がだ?」
「知らないんすか?さんは体弱くて、長時間外に出れないんすよ」

 先程の彼女の表情の理由が分かったような気がした。


「ロイさん?!」

 がドアを開けるとそこにはロイがいた。

「入ってもいいかな?」
「ええ……」

 当惑しながらもはロイを中に入れる。

「あの……ロイさん。今日は」
「昨日は悪かったね。君の体のことを知らずに、食事に誘ったりして」
「別に、気にしていませんよ。ロイさんと食事に行けなかったのは残念ですけど」

 は微笑んではいるが、やはり哀しそうだ。

「…………、好きだ」

 ロイの突然の言葉には弾かれたようにロイを見る。

「え……、でも、この前会ったばかりじゃ……」
「いや、本当は前からのことは知っていた」

 その言葉に再びは驚く。
 視察に行くと必ず聞こえてくるピアノの音。その音が切なくて、でもとても綺麗で気になっていた。
 そして、聞いたのだ、街の人に。
 そのときに、病弱だということまでは知らなかった。

 だが、この前と話せる機会が出来て、チャンスだと思った。
 この場合一目ぼれというわけではないだろう、。しかし、に会いすぐに惹かれたのも事実だ。
 ここで逃したら、もうに会うことすらないかもしれないと思った。
 だから、食事に誘った。出来るだけ自分の気持ちを知られないように。結局断られてしまったが。

「かなり、ショックだったんだがな」

 苦笑しながら言う。

「ご、ごめんなさい」

 は思わず謝ってしまう。

「君の気持ちが聞きたいんだが」

 ロイは真っ直ぐの方を見る。
 その表情はいつものロイとも、女性を口説くときのロイの表情とも違う。

「えっ……と……」

 はだってロイのことは知っていた。
 知っていて当たり前だ。ロイは東方司令部の大佐なのだから。
 街の女性達が騒いでいるのも知っていた。
 いつも、窓から見ていたのだ。外に出て、話すことは出来ないからせめて、と。



 ロイが優しくを呼ぶ。
 しかし、はうまく答えれない。

「私のことが嫌いなら、そう言ってくれればいい」
「そんなことはっ!!」

 そんなことは絶対ない。でも……。

「でも……、私は一緒に食事に行くことすら出来ない」
「なら、私がここに来て、一緒に食事をすればいい」
「一緒にデートだってできないし……」
「こうして、二人でいればそれだけで十分だ。……私のことが好きか嫌いかそれだけでいいんだ」
「…………好き……です」

 は赤くなりながら答える。

「良かった、本当は嫌いだといわれたらどうしようか思っていたんだよ」

 そういって、ロイはを抱きしめた。


 この日からの演奏は悲しいものではなくなった。


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卯月 静(04/08/05)