東方指令部に勤めるジャン・ハボック少尉。
 彼にはなぜか彼女が出来ない。
 別段、彼の性格に問題があるわけでもない。むしろ、性格もいいし、顔もかっこいい方の部類に入るだろう。
 しかし、彼女がなかなかできない。
 彼に彼女が出来ない原因の多くは彼の上官にあると思われる。

「大佐、早く仕事してくださいよ。また中尉に怒られるッスよ?」

 目の前にいるハボックの上官であるロイ・マスタング大佐はサボリ魔だ。
 よく仕事をサボっては副官であるリザ・ホークアイ中尉に怒られている。

「大丈夫だ。中尉はもうすぐしないとこない」

 ロイに仕事をする気配はない。

「大佐。書類は終らせていただけましたか?」
「中尉?! もっ、もう少しかかると言ってなかったか?」

 予定より早いリザの登場にロイはあせる。
 案の定ロイはリザに怒られるはめになった。

「俺、巡回に行ってきます」

 そういい残して、部屋をでた、がきっと二人とも聞いてはいないだろう。
 話は戻して、何故ロイがハボックに彼女ができない原因なのかというと、ようはロイがモテるからだ。
 ただモテルだけなら問題はないがそれに加え、ロイは女性限定に優しい。つまりは女たらし。
 ハボックがいいなと思っていた娘も、ロイにとられてしまうということがしばしばあるのだ。

「よう。

 巡回中ハボックは一軒のお菓子屋の娘に声を掛けた。

「いらっしゃいませ。ハボックさん」

 この店にはハボックはよく来ていた。
 もちろん自分が食べるためではなく、司令部のお菓子の買出しや、彼女へのプレゼントの為だが。

 そして、目の前にいるのはこの店でバイトをしている、
 つい最近この店で働くようになった。

「……今、お仕事中ですか?」
「そうだけど。どうかしたか?」
「いつもは私服なのに今日は軍服なんだなあって思ったんです」
「ひょっとして、変?」

 ハボックはあせる。
 確かにいつもは私服でしかこない。もちろんはハボックが軍人であることは知っているが、やっぱり軍服で来たのはまずかったのだろーか?

「いえ!そうじゃなくて。……いつもと違うから、ドキドキしちゃうなって……」

 は顔を赤らめながら、恥ずかしそうに言う。
 その姿がとっても可愛い!
 この子が彼女だったらなぁ〜。と思う。
 顔よし! 性格よし! スタイルよし! といえば言うことはないだろう、幸い恋人もいないようだし。

「ハボックさん、どうかしましたか?」

 いつも間にかボーっとのことを見ていたらしい。

「いや、なんでもねえ」

 そろそろ時間だからいかないと、とハボックは店を後にした。




君の想い人






 最近のハボック少尉はおかしい。
 浮かれているようにも見える。かと思えば、ため息をついてボーっとしていたりする。

「ハボックはいったいどうしたんだ?」
「また、好きな子ができたらしいですよ」
 ロイの問いかけにリザが答える。

「ほう。好きな女性がなぁ」

 ロイは新しいおもちゃを見つけたような顔をする。

「大佐〜。ハボックがかわいそうだから、横恋慕はやめてあげてくださいよ」

 横からブレダが言う。が、顔は思いっきり笑っていて、面白そうだといっているようなものだ。

「中尉。これで仕事は終わりだな?」
「はい。今日は珍しく大佐が頑張られたおかげで今日の分は終わりです」
「よし、後を付けるぞ」

 就業時間が終わり、ハボックは帰宅する。
 そして、ロイとリザ以外のメンバーはハボックの後をつけていた。
 ロイ達の視線の先にはデレデレしているハボックと、可愛らしい感じの女性が話していた。

「あの子がハボック少尉の思い人のようですな」
「可愛い子ですね」
「大佐、どこ行くんですか?」

 物陰に隠れていたロイ達だったが、ロイがそこからすたすたと出て行ってしまった。

「ハボックじゃないか、奇遇だな」

 ロイは笑顔で声を掛ける。
 ハボックは固まってしまった。一番見つかりたくなかった相手だ。

「はじめまして。私はハボック少尉の上司のロイ・マスタングです。ハボックがいつもお世話になってます」
「は、はじめまして。です」

 ロイが笑顔で手を差し出し、も握手し返す。

「しかし、可愛らしいお嬢さんだ。ハボック少尉の恋人かな」

 明らかに違うだろうと知っていていっている。

「恋人だなんて! そんなっ! 違いますよっ!」

 思いっきり否定された……。
 ハボックは思いっきり落ち込む。無理もない、自分が好きな女性に思いっきり恋人ではないといわれたのだから。
 確かに恋人ではないが、それでも言われれば傷つく。

「おや、違うのか。てっきりそうだと思っていたのだが」

 あんた知ってていってるだろっ!

「大佐。今夜も誰かと約束があるんじゃないんスか?」

 ハボックは棘を含めて言う。

「ああ、そういえば。ではさん。暇があればまたの機会に食事でもいたしましょう」

 と言い残してロイは帰って行った。
 ロイがここに来たのも、さっきあんなことを言ったのも全部わざとだ。
 きっと、他のメンバーもどこかで今の一部始終を見ていたのではないだろうか。
 きっとそうだ。中尉がいるかどうか分からないが。
 ハボックはおそるおそるの方をみる。
 こういう展開になると必ず隣の女性はロイを好きになっている。

「マスタングさんってかっこいいですね」

 やっぱり……。
 さようなら、俺の恋心〜。

「いかにも、軍人って感じがしますね」

 今までの女性とは少し違う反応。

「じゃあ、俺は?」

 ハボックの問いには少し考える。

「ハボックさんは、親しみやすいってゆうか、あんまり軍人って感じがしませんね」
「俺はかっこよくないってコト?」
「え?! そんなことないですよ。……ハボックさんの軍服かっこよかったですし……」

 すねるハボックにあわてて、照れながらいう。
 やっぱり、その姿が可愛い!

 今回は大佐に負けないようにしよう!とハボックは決意した。



 巡回中、珍しく私服のを見つけた。
 今日はバイトが休みなのか。と思いながら声を掛けようとした。

 だが、掛けれなかった。

 がロイと話していたのだ。それも、楽しそうに。
 は確か大佐のことをカッコいいといっていた。
 今度こそは、と思ったのに……。

「あんな顔みちゃったら、もう、無理だよなぁ〜……」

 大佐と話しているは本当に嬉しそうで、少し頬を染めて話していて、あんな顔はハボックと話しているときには見たことがなかった。
 それに、好きです。とがいっているのも聞こえた。
 もしかしたら、という希望があったぶんショックは大きくて、ハボックは大きなため息をついて、司令部に戻った。

「何ッスか?」

 ロイは戻ってくるなり、ハボックにラッピングされた袋を渡した。

さんが、司令部の皆にとくれたものだ」

 これがお前のだと言って、ハボックに渡す。

「なんだ、嬉しくないのか?」

 ロイは不思議そうな顔をしている。
 嬉しくないわけはない。きっとこれはの手作りだろうから。
 でも、先程のことがあり、複雑な気分だ。というよりむしろ沈む。

「一応貰っておくッス」

 とハボックは受け取る。
 そして、そのまま中庭に行く。
 の手作りのお菓子。今まで、食べたことがないわけではないが、プレゼントとしては貰ったことはない。
 その初のプレゼントは彼女が大佐を好きだとわかったあと。
 知らないままであれば素直に喜べたかもしれない。だが今の気分では素直には喜べない。
 彼女の告白を大佐は受けたのだろうか。
 先程の大佐の感じでは受けたようには思えなかった。
 なら、断ったのだろうか。
 それなら、は泣いているかもしれない。

 ハボックはのところに行ってみることにした。
 大佐が断ったにしろ受けたにしろ、の中で自分は友人の位置にいるはずなのだから、慰めるなり、よろこんでやるなりするべきだと思った。
 それに自分は彼女に想いすら告げていない。

。いるか?」
「ハボックさん。いらっしゃいませ。っていっても私はもう仕事終わりですけど」

 彼女はいつもどおり迎えてくれる。
 それが逆に切なかった。

「今から時間あるか?」
「今からですか? ……大丈夫ですよ」
「話があるんだ」

 言われて、は着替えて店をでる。

「あの……話って……?」
「好きだ」
「え?」

 ハボックの突然の告白には驚く。

が大佐のことを好きなのは分かってるから、だから、俺のことは気にしなくていいから、な」

 が大佐のことを好きだと知っていて思いを告げたのは自分の自己満足だ。
 そのせいで、が悩んだり変に気を使ったりしてはいけない。

「え? ハボックさん、誰が誰を好きって?」

 ハボックの言葉には聞き返す。

「だから、俺が、のことを」
「じゃなくて、その後です」
「その後?」
「私マスタングさんのこと好きなわけじゃないですよ?」

 の言葉に唖然とする。
 は大佐のことが好きなのではない?
 でも、このさっき……。

「でも、今日大佐と会ってただろ? その時好きだって……」
「今日? …………あっ! ……ハボック……さん……ひょっとして、近くにいたんですか?」

 の顔は真っ赤になっている。
 恥かしくてなっているのだろう。

「ああ、だからその時」
「確かに好きだとは言いましたけど……それは……マスタングさんにじゃないです……」

 大佐に告白したわけではなかった?
 そう思うと少しホッとしたが、今度は疑問が浮かんでくる。

「じゃあ……じゃあ、好きだっていったのは?」
「そ……れは……。……ク……さんのコトです……」

 はハボックを見て答えたが、うまく聞き取れなかった。
 だが自分が聞いたのが聞き間違い出なければ。

「今……なんて?」
「だから……私が好きなのは……ハボックさん……なんです……」

 の顔は赤くて。上目遣いでハボックのほうを見ていて。

「ほんとに?」

 は頷く。
 その様子が可愛いのと、とても嬉しいのとでハボックは思わずのことを抱きしめた。

「よかった……。すっげーうれしい」

 ハボックは、抱きしめていた腕を緩めて、を見る。

さん。俺とお付き合いしてもらえますか?」
「はい」

 ハボックはその返事を聞いて、もう一度のことを抱きしめた。


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卯月 静(04/10/04)