「すいません」
「はい。何でしょう?」

 声を掛けられ、門番は声のした方をみる。
 目の前にいるのは黒髪の少女。

「ロイ・マスタングに会いたいのですが」

 またか……。と思いながらも門番はいつも同じようにいっているお決まりの台詞をいう。

「面会の約束はされておられますか?大佐は今忙しいので約束をされていない方は……」

 東方司令部の司令官、ロイ・マスタング大佐はとにかくモテる。
 そのため、たまに恋人だという女性が司令部にやってきて、会わせろというのだ。
 「約束していなければ会えない」と言えば大体の女性は帰って行く。
 ここで、変に騒いでロイに嫌われたくないためだろう。
 そういうことが多くないばかりか結構あるため、門番は目の前の少女も同じだろうと思っていた。
 しかし、帰ってきたのは予想したものとは違っていた。

「約束はしていないのだけど、これじゃだめかしら?」

 少女が見せたのは銀時計。
 ただの銀時計ではなく、国家錬金術師のみが持つことが許されているものだ。

「はっ!失礼致しました!どうぞ、お入りください!」

 門番は慌てて敬礼をし、少女を中に通す。
 国家錬金術師の地位は軍で少佐にあたる。
 いち門番などとは格が違う。

「ありがとう」

 少女はニッコリと笑いながら門番に礼をいい、中に入って行った。
 他の地域がどうなのかは知らないがここが東方司令部だから、少女はすんなりは入れたのだろう。
 下手すると、銀時計を見せても、偽物だといわれて追い返される可能性もある。
 しかし、東方指令部には鋼の錬金術師をみているここの門番は実力さえあれば子供でも国家錬金術師になれることをよく知っていた。

「あんな可愛い子も人間兵器なんだな〜。でも、誰かに似ていたような……」

 門番はしばらくの間、首をかしげていた。




夢を叶えたその後に






「大佐。早くしてください。これの提出は今日までなんですよっ!」
「分かってるよ。でも、少しぐらい休憩をくれたっていいじゃないか。朝から働きづめなんだぞ、私は」
「昨日一日、充分休憩なさったんじゃないんですか?」

 昨日ロイは朝出勤したものの、すぐに仕事を抜け出しそのまま夜まで仕事をしなかった。

「相変わらず、サボリぐせ治ってないんだ」

 聞きなれない少女の声がしてドアの方を振り返る。
 ロイ以外の面々は「誰だ?」と思って、不思議そうに少女を見ている。

ッ?!」

 ロイは驚きの声をあげ、と呼ばれた少女に駆け寄る。

「いつ、こっちにきた?言ってくれれば迎えいったのに」
「仕事があるでしょ?だから連絡しなかったの。それに驚かせたかったし。久しぶりだね」

 は笑顔でいう。

「ああ、ひさしぶり。会いたかったよ」

 そういいながら、ロイはの額に軽く口付ける。
 の方も慣れているようで大人しくしている。

「あ……、あのぉ……」

 周りで固まっていた皆を代表し、ハボックが遠慮がちに声を掛ける。

「大佐とその子って……?」
「ああ、まだ言ってなかったな。は私の、妹だ」
「やっぱり妹ッスか…………え? 妹?!」

 一同は驚く、てっきりロイの恋人とばかり、というかさっきの雰囲気からはどう考えても恋人だとしか思えない。

「義理の、とかじゃないっすよね?」
「間違いなく、血のつながった妹だが。どうかしたのか?」
「いえ、さっきの雰囲気が恋人同士みたいだったもので……てっきり……」

 その言葉には笑う。

「あはは。恋人同士に見えた?」

 一同うなずく。

「私はこんな子供に手を出したりはしない」
「でも、中尉はあまり驚いてないみたいですよねぇ?」

 はリザが余り驚いているようには見えず素直に聞いた。

「ええ、前に一回大佐に写真を見せて頂いたから。はじめまして、ちゃん。リザ・ホークアイよ」
「そうなんですか。よろしくお願いします、ホークアイ中尉」

 リザとは握手を交わす。

「皆さんもよろしくお願いします」

 そう言って、お辞儀をする。
 メンバーは「大佐と違って礼儀正しい」と感心している。

「でも、よくここまで入ってこれたよな」
「ああ、銀時計見せたら一発で通してくれたけど」
「え?! ちゃんも国家錬金術師なんすか?!」

 先程から驚かされっぱなしに驚きっぱなしだ。

「二つ名はなんなんですか?」
「水玉(みずたま)の錬金術師だ」
「『みずたま』じゃなくて『すいぎょく』!! 水玉(すいぎょく)の錬金術師!!」
「だそうだ」

 ロイの言葉にすかさず訂正するも、ロイは面白そうに笑っている。
 つまり、さっきのはわざとだ。

「水という字がついているということは水関係の錬金術ということですよね?」
「うん。大気中の水の量を増やしたり減らしたり。量が沢山あれば状態変化も可能よ。水から氷とか大気中の水分から水をだすとか」

 説明したあと「雨の日も有能ってことよ」という様はどこか大佐に似ていて、やっぱり兄妹だと感じずにはいられなかった。

「で、どうして、ここに来たんだ?」
「ん。近くよったから来ただけ」

 はソファーに座ってくつろいでいる。

「兄さん、仕事あとどれくらいで終る?」
「一時間くらいだな」
「ふーん。じゃあ、仕事終ったら何か食べに行きません?ホークアイ中尉。もちろん奢りますよ」

 の予想外の言葉に全員が固まる。
 てっきり、は久しぶりにあった兄、ロイと一緒に食事に行こうと誘っていたと思っていたのだが。

「だめ? あっ、ひょっとして、別に何か用あったりします?」
「い、いえ。大佐の仕事が終れば上がれるけど」

 誘われたリザ自身も珍しく混乱しているようだ。

「ユ、?私と食事に行くのではないのか?」

 ロイは少しショックを受けながらもに聞く。

「兄さんとはまた今度。今夜は中尉と食事したいの」
「でも、久しぶりに大佐と会ったんでしょう?」
「せっかく、中尉みたいな綺麗でかっこいい人にあったんだもの、今このチャンスを逃すわけにはいかないでしょう?兄さんとは別にいつでもいいし」

 と、とびきりの笑顔で答える。

「いつでもいい…………」

 の言葉にロイは追い討ちを掛けられて様でひどく落ち込んでいる。

「でも、奢って貰うのは悪いわ」
「気にしなくてもいいですよ。私から誘っているんですし」
「そうはいっても……」

 とリザはなおも食い下がる。

「それに、中尉みたいに素敵な人と食事できる機会なんて滅多にないんですから、ここは奢らせて貰えませんか?」

 にっこりと、ここまで言われたらこれ以上何かいうのは失礼だ。

「そうね、じゃあ今度食事するときは私が奢るわ」

 とリザが折れる。
 それに驚いたのは回りのメンバーだ。
 こんなにあっさりとリザが承諾するなんて珍しい。
 その上、食事の誘い方が心なしかロイに似ているような気がする。
 リザを落とした時点で、ロイより女性の扱いはうまいのかもしれない。といってもは女だが。
 リザがとの食事を承諾したことで一番落ち込んでいるのはロイだろう。
 リザはロイがいくら誘っても滅多に承諾してくれない。
 最近ようやく、仕事がスムーズに終るときは食事に行くことができるようになったばかりだ。
 それを、妹がわずか数時間でいとも簡単に……。
 ひょっとして、一番の要注意人物は、軍の男共でも、時々くる金髪の少年でもなくロイの実の妹なのかもしれない。  気をつけておかないと、最大のライバルになりかねない。

「って訳で、兄さん早く仕事終らせてね〜」
「わかってる」

 といいながら大きなため息をつく。

「しかし、中尉ってホントかっこいいよねぇ」
「ありがとう」

 は働いているリザを見ながら呟く。

「あ〜、中尉みたいなお姉さんが欲しかったなぁ〜」

 の呟きにロイが反応する。

「私が兄では不満か?」
「兄さんが兄さんなのはそれはそれでいいんだけど。それとはべつに、中尉みたいなお姉さんが欲しいなって」

 はかなりリザのことが気に入っている様子。

「私もちゃんみたいな妹がいたら嬉しいわね」

 リザの方ものことを気に入っているようだ。

「なので、兄さん頑張ってね」
「? ……何がだ?」

 話の繋がりが分からない。
 ロイが何をがんばるというのだろうか。

「だから、兄さんが頑張って中尉と結婚してくれれば、中尉が私のお姉さんになるでしょ?」

 確かに、リザとロイが結婚すれば、リザはの姉になる。

「確かにそうだが……」

 ロイだってリザと結婚できればいいと思うが。

「本人達の意思は無視か?」
「兄さんはともかく、中尉が嫌ならあきらめるかな」

 どうやら、ロイのことはどうでもいいらしい。
 小さい頃は「お兄ちゃん」って付いてきていて可愛いかったのに……。

「これでラスト、だ」

 ロイは最後の書類に判をおす。

「中尉、すまないがこれを出してきてくれ。そのついでに着替えてくるといい」

 ロイから書類を受け取り、部屋を出る。

「さて、私も帰るとしようか。合鍵だ。勝手に入って好きな部屋で寝るといい」

 鍵をに渡し、ロイはコートを羽織る。

「兄さんは?」
「私は誰かに振られたからね。これから他の女性とデートでもするよ」

 といいながら帰っていった。
 他のメンバーも帰っていき、今日当直の当たっているハボックとの二人が部屋に残された。

「なあ、ちゃん」
「なんですか?」
「さっきのって、大佐と中尉をくっつけるためなのか?」
「ん〜。半分はそうだし、半分はホントに中尉みたいな姉さん欲しいから」

 最後は中尉が嫌ならいいとかっていていたけど、半分は本気でいってるんだろうな、とハボックは感じた。

「ほっといてもくっつくだろう、あの二人は」
「甘いですよ。兄さんは本気になった相手には弱いですから」

 確かにな。とハボックは思う。
 ロイは中尉には弱い。
 他の女性相手だと強気になれるのに、どうしてかリザ相手だと一歩引いてしまっている。引いてしまっているというより、嫌われないようにという思いが働いてしまうのだろう。
 そして、大切に思っているから、あの大佐がまだ中尉には手を出していない。

「ごめんなさい。待たせちゃったわね」
「大丈夫ですよ。ハボック少尉が話し相手になってくれましたし。じゃあ、行きましょうか」

 はソファーから立ち上がる。

「じゃあね、ハボック少尉。仕事頑張って」
「おうっ」



「それで、中尉。実際のところ兄さんと結婚したいとかって思わないんですか?」

 食事の途中、はズバリ聞いた。
 の率直な質問に驚き苦笑しながら、リザは素直にその質問に答えた。



「お世話になりました」

 イーストシティーの駅。
 そろそろ、は中央に戻らなければいけなくなった。
 結局ロイはと外食をすることはなかった。
 一緒にご飯をたべたりしたのはしたが、どれは家でだけだ。

「今度くるときは連絡しろ」
「うん、了解。ごめんね、一回も食事できなくて」
「いや、外食はしなかったが、一緒に食事も出来たしの手料理が久しぶりに食べれたからな。何より、の元気な姿がみれてよかったよ」

 ロイは再会したときと同じようにの額に軽いキスを落とす。
 「いってらっしゃい」の言葉と共に。
 それに対しも「行ってきます」と返す。

「中尉。兄さんのことよろしくお願いします。それから、楽しみにしてますから」
「ええ」

 とリザも笑顔で答える。

「なんのことだ?」

 周りのものは何のことを言っているのか分からない。

「では、皆さんまた会いましょう〜」

 汽笛が鳴りの乗った汽車が走り出す。
そして、徐々に見えなくなっていった。

「中尉?」
「なんですか?」
「さっきのはなんなんだ?」
「内緒です」

 と人差し指柄を唇の前に持っていき、微笑みながら言った。


「そうね、結婚できればと思うけど、結婚は私の願いではないから。私の願いは」
「兄さんが大総統になること。でしょ? ってことは、兄さんの野望が叶った後かぁ〜」
「そうね。大佐が野望をかなえたらまた二人で食事をしましょう?」
「じゃあ。結婚の報告はそのときですね」



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卯月 静(04/09/19)