ザ・テンペスト
【 toy 】



 は土方に頼まれたお茶を持って、副長室に向かう。
 特にこれがの仕事、というわけではないが、のお茶は中々好評で、デスクワークの隊士達は時間があればお茶を入れてくれと頼むのだ。
 それは土方も例外ではなく、とくに一日中部屋で篭って書類の整理をしてる時などは、必ずにお茶を頼む。

「土方さん。お茶持ってきました。開けますよ」
「ちょっ! 待てっ!!」

 いつも声をかけて、すーと開けているから、まさか制止の声が返ってくるとは思わなかったが、時既に遅し。
 もう開けてしまった後だった。

「すみません。いつもの調子で開けてしまって。着替え中とか……でし……た……か…………」

 部屋を見た途端、は固まった。
 部屋に土方だけではなく、もう一人いた。お茶の数が足りないとか思うが、それは後で持ってくればいいからさしたる問題ではない。
 その部屋にいるもう一人が、兄であるであることも、問題ではない。
 は隊士だから、副長室にいた所で不思議はない。
 問題なのは、二人の位置。というか、体勢というか……。

「本当に、すみません。お邪魔しました」

 土方が、を押し倒していた。
 はすぐさま、襖を閉めた。
 確かに、新選組は男所帯だ。どこみても男ばかりで華がない。
 しかも、チンピラ警察とか言われてるくらい評判悪いし、柄も悪いから、モテないだろう。
 女が居ないから、男に走るといったやつが居ても不思議はないが…………。

「…………まさか、土方さんにそんな趣味があったとは……しかも、兄貴と出来てたなんて……」
「気持ち悪ぃ誤解をするんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!!」

 怒鳴り声と共に、再び襖が開いた。今にも壊れんばかりの勢いでだ。

「土方さん、襖壊れたら、また修理費かかりますよ。そうじゃなくても総悟がバンバン壊してるんですから、物の扱いは気をつけて下さい」
「お、おお。悪かった……ってそうじゃねーだろー!!! だから、さっきのは誤解だ!!」
「何がですか? 浮気のばれた旦那さんみたい。でも、私は土方さんの奥さんでも何でもないですから、土方さんが誰とデキテようと邪魔はしませんよ。さすがに、相手が自分の身内だと驚きますけど、そこは祝福しますから」
「だから違ぇっつってるだろうがっ!!!!」

 土方は必死での誤解を解く。下手したら、から総悟に伝わり、あることないこと言いふらされる。

「十四郎ってば、ひっどーい。俺、こんなに十四郎のこと好きなのにぃー」
「手前ぇは、誤解に拍車かけるようなこと言ってんじゃねーよっ!!!!!!」

 部屋では、がカラカラと笑いながら、面白がっている。

「あれ? 兄貴、今って巡回の時間じゃなかったっけ?」
「うん。だけど、今日は別のお仕事あるから無し」
「って、俺のことは無視かよ……」

 何事も無かったかのような、兄妹に、土方は脱力する。

「ハイハイ。ちゃんと分かってますって。土方さんが女の人が好きってことくらい」
「いや、間違いじゃねーが、それも誤解されそうないい方だな、オイ」
「誤解も何も、事実じゃないですか。布団と一緒にあったえっちぃ本はちゃんと女の人でしたし」
「だから、アレは総悟がっ!」
「何、十四郎って押入れに隠してあんの? うっわー中坊かよ」
「だから、俺のじゃねーってっ!!」
「え、じゃあ、やっぱり……」
「だから、どうしてそっちに行くんだよ……」

 土方は心の底から、もう嫌だと思った。
 は一人だと害はないが、がいると悪乗りしてくる。しかも、は総悟よりも性質が悪いかもしれない。
 飄々として掴み所のいまいちない男。
 総悟と違い、の場合は純粋に楽しんでいるのだ。

「だって、土方さんモテるのに、女の影ないし」
「それは…………」

 土方の顔が一瞬曇る。が、それをが遮った。

「一回一緒に食事いけば、百年の恋も冷めるだろ、十四郎の場合は」
「あーなるほど」
「って、。何納得してやがる! 、お前こそ恋人ができたっつー話は聞かねえがな」

 話題を逸らしてくれたことに、少し感謝する。
 こういうところがは鋭い。
 幸い、は何も気づかなかったようだ。

「そりゃぁ、俺は、特定の恋人は作らない主義だしな。特定のはな」

 特定の恋人は作らないということは、すなわち、特定じゃない恋人はいるということだ。

「そーかよ」
「そーだよ」

 呆れる土方に、それでも笑顔を崩さない。正反対のようだが、この二人がこれで仲がいいから不思議だ。

「さってと、俺はお仕事でもするかね。、いい加減茶置けよ」
「あ、うん」

 持って突っ立ったままだったお茶は、既に冷めかけている。
 入れ直そうかと、土方に聞いたが、別に構わないといわれた。は、そのまま茶を机に置く。
 洗濯の途中だったと、再び仕事に戻ろうとは立ち上がった。
 しかし、ニヤリと笑うが土方との両方の目に入り、嫌な予感がしたが、二人が反応する前に、は土方の足に自分の足を掛け、払った。
 言うまでもなく、土方はバランスを崩し、目の前に居たも巻き込まれ、倒れ込む。

「ってー……、大丈夫か?」
「う、うん」
、お前どういうつもりで」

 首だけ回してを見ると、相変わらずのあの笑顔。

「どういうつもりって、こーゆーつもり」

 大きく一つ息を吸う。
 そして。

「大変だぁぁーーーーーーー。十四郎がを襲ってるぞーーーーーー!!!!」

 思いっきり叫んだ。
 それに慌てるのは土方。

「おまっ!! なんてことを!!」

 起き上がろうとしたが、に背を蹴られ、再びの上に倒れ込む。

「じゃーなー。後は頑張って〜」

 ヒラヒラと手を振り、去って行く。ウインクのオマケつきだ。
 土方はの声に駆けつけた隊士達の誤解を解くのにその日の夜までかかり、はバクバク言う心臓を落ち着かせるのに必死だった。


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卯月 静 (08/03/25)