ザ・テンペスト
【 mystery 】



「あれ、珍しー。兄貴が制服着てるなんて」

 いつもは着物を着ているが、今日は珍しく制服を着ていた。

「ああ、今日は松平のおっさんのとこにいかなきゃいけないからな」
「あ、そうなんだ。最近おじ様に会ってないなぁ。栗子とはこの間遊んだけど」

 の両親は、幕府の高官だった。その為、松平とは幼い頃から面識があるのだ。
 近藤や土方などの真選組のメンバーは松平のことを「とっつぁん」と呼んでるが、幼い頃から面識のある二人は幼い頃の呼び方のままだ。
 ちなみに、最初はも「おじさん」と呼んでいたのだが、松平に「おじ様」と呼べと小さい頃から刷り込まれ、今に至る。

「ねえ、兄貴」
「んー?」
「……やっぱ、何でもない。いってらっしゃい。おじ様によろしく」
「ああ、行ってくるよ」

 去り際に、は、の頭に軽く手を乗せて行った。
 振り返り、立ち去るを見ながら、先ほど聞こうとしたことを思い返す。
 真選組の制服は二種類。隊長格と平隊士とでは制服は違う。
 が着ているのは、近藤、土方、そして、沖田達と同じ制服。だが、は隊長ではない。
 戦闘能力は高い。真選組内でも互角に遣り合えるのは少ない。それこそ隊長達くらいだろう。それに、頭だってきれる。
 実力は隊長達に劣らない。それどころか、隊長達の中には、に敵わない者だっている。が隊長であっても不思議はないのだ。
 だが、彼は隊長ではない。かといって、局長補佐や副庁補佐などといったような役職についているわけでもない。
 は、が何番隊に属しているのか知らない。
 以前、何番隊にいるのかと聞いたら、「零番隊」と言われ、はぐらかされてしまった。
 隊長格でもないのに、あの制服を着て、誰も文句は言わない。
 それに、いつも着ているわけではない。というか、大半は制服を着ていない。
 サボり魔の総悟でさえ、制服は着用してるのに、だ。

「我が兄ながら、掴み所が無さ過ぎる……」

 は家を出ていた時期もあるから、その間にいろいろあったのだろうとは思う。
 戻って来たと思ったら、既にその時は真選組になってるし、なのに、一緒には暮らせないから、松平の世話になれというし、と思えば、手紙一つで、真選組の女中にさせられるし。

「……振り回されまくってるじゃん、私……」

 は思いっきり溜息を吐いた。
 だが、それでもが兄であることには変わりない。両親が死んでしまった今、が唯一の家族だ。

「まあ、いっか……」

 青く澄み切った空を見上げたの口は弧を描いていた。




「よく来たな。まあ、座れや」

 言われるまま、はソファーに腰掛ける。
 目の前に居るのは、警察庁長官。だが、が緊張している様子はない。

「おっさん……相変わらず親バカやってんだ……」

 松平から、封筒を受け取りながら、は周りを見渡した。
 部屋は娘の写真が多く飾ってあった。それも、今現在のではなく、幼い頃の物からだ。この様子だと、家にも多く飾ってあるのだろう。

「娘を可愛く思うのは、父親の権利だろうが」

 は呆れているが、松平は胸を張っている。

「てかさ、何で栗子の写真の中に、のも混じってるわけ……」

 溺愛している娘の写真は分かるのだが、その中にどうして、妹の写真まであるのかが不思議だ。
 枚数は栗子の物に比べれば少ないのだが。

「なーに言ってんだ。は俺の娘も同然なんだ。栗子と同じくらいの扱いをしてやるのが道理ってもんだろう」
「ふーん。じゃあ、俺はおっさんの息子も同然?」
「手前ぇみてーな、息子はいらねえよ」
「うっわ、ひでー」

 は自分の娘も同然。その言葉を聞いて、嬉しくなる。両親が死んだ後、のことは、ずっと松平が世話してくれていた。そのことには感謝している。

「どうだ、は」
「大丈夫。『笑ってる』」
「そうか、ならいい」

 こうやって、のことを松平が気に掛けてくれていることが、には嬉しかった。

「じゃ、俺は戻るよ」
「おう。今度はも連れて来い。それから、にうちに遊びに来いっつとけ」
「りょーかい」

 は、上機嫌のまま、警察庁を後にした。  


終 戻る

卯月 静 (08/07/01)