ザ・テンペスト 【 undercover operation : 後編】 隊士総出でを探すが、一向に見つからない。 こうしている間にも、と嫌な想像が皆の頭を過ぎる。 「どうだ、山崎」 「店には何の変化もありません」 一番怪しいのは店だと、店の中を探ってみたが、何も出てこない。 土方に報告する山崎の話を、横で聞いていた沖田は、ギリっと拳を固く握る。 何か、何かありはずだ。彼女の手がかりが。 こうも何も残っていないのは、反対に怪しいのだ。そう、何も残っていないのだ。 仮にが何かのようがあって一人で帰ったにしろ、誰かに連れ去られたにしろ、何も残っていないのはおかしい。 店でが帰宅の用意をしていたのは、店の従業員の多くが見ていた。だが、その後は誰も彼女の姿を見ていない。 ふと、沖田の脳裏にあの店のオーナーが過ぎった。 オーナーはが先に帰ると言っていたと沖田に伝言した。その時は何も疑問に思わずそのまま帰ってしまったが、その時、自分は確かに、違和感を感じたはずだ。それは一体何だったのか。 「一応、ちゃんのロッカーに残ってた荷物は持ってきてみたんですけど……」 言いながら、荷物を広げる。特に変わったものは無い。 ムースやワックス。化粧道具に香水。どれも女としてばれないようにする為の物だ。 「…………香水……? ……ッ!?」 「隊長っ!?」 沖田は、広げてあった荷物から、香水をひったくるように取ると、蓋を開け、そのまま匂いを嗅ぐ。 「あの女ッ!!」 沖田は、香水瓶を投げ捨て、駆け出した。 「お、おい、総悟っ!! クソッ!! 山崎、総悟を追え! 見失うなよっ!」 「俺も行くっ!!」 彼が何かを掴んだということは、その場の者にすぐ分かった。ここで見失ってはいけないと、土方の指示通りに山崎は追いかけ、同時に、も沖田を追った。 「総員に告ぐ。星の目星がついた。今総悟が追っている連絡が入り次第踏み込むぞっ!」 一方、は既に犯人と対面していた。扉が開いて入ってきた人物に驚きはしたが、今はそんな場合じゃない。 「貴方が、犯人だとは思いませんでしたよ。オーナー」 が睨む先には、微笑むオーナーの姿。 「あら、そんなに意外かしら?」 頬に手を添え、首を傾げる姿からは、今までの事件の犯人だとは想像もつかない。 「攫った少年達はどうしたんですか」 攫われて少年達は、未だに見つかっていない。 もう、既に……、といわれてはいるが。 「大丈夫よ。生きてるわよ、一応ね」 その笑顔に、僅かながら、恐怖を感じた。一応、ということは、生きてはいるのだろう。だが、どんな酷い扱いをされているかは分からない。 「でも、安心していいわ。クンはあの子達みたいにはしないから。貴方は私の理想だもの」 「理想……?」 オーナーは、陶酔気味に話だした。 「ええ。理想……。男のようでもあり、女のようでもある。その中世的な雰囲気はとても美しいわ。可愛い男を見てきたけど、やっぱり、どれもどこか違う。でも、その点、貴方は理想的。男のようでいて、でも、時には少女のようにも見える。かといえば、成長した女性のような雰囲気を持ってるときもあるし……」 男のようで、女のよう。そりゃあ当たり前だ。は男装しているのであって、実際は女なのだから。 「残念ですけど。私は、少年でも、増してや、男でもないですから」 出来る限りの時間稼ぎにと、は鬘を外す。 「……女」 「ええ、残念でしたね」 これで少しは動揺してくれればいい……。失敗すれば、殺されかねない賭けでもあるが。 の予想は外れた。てっきり、ショックを受け、動揺するか、激昂してくるものだと思っていたのだが……。 「…………フフフフフ……素敵よ……本当に理想そのものだわ……」 オーナーは動揺するどころか、歓喜の声を上げたのだ。 「クン……ああ、これは偽名なのかしら。でもいいわ。クン、いいことを教えてあげる」 言うや否や、オーナーは自分の胸元を開ける。 それに驚いたのはの方。 「私は男なの……」 微笑んで言うオーナーの顔はどうみても女性。だが、胸元には胸の、女性特有の膨らみはない。胸が小さい女性は多いが、それとも違う。明らかに、それは男性の体だった。 「あの子達を消した理由はね。私の正体を知ったとたん、汚らわしいものでも見る目でみるの。だから、ね」 オーナーは、の足元に繋がっている鎖を引く。するとは、バランスを崩し、ベッドに仰向けに倒れる。 「放してっ!!」 「だめよ。貴方は私のモノだもの」 オーナーはスーっとの頬を撫でる。撫でられているだけだというのに、ゾクリと恐怖が走る。 「ああ、素敵……。天使がやっと私のモノに……」 は必死に抵抗するが、相手は男。力で敵うわけもない。 ましてや、手には手錠がつけられていて、動きが鈍くなる。 「フフ、どんな声で啼いてくれるのかしら」 「やっ! やだッ!!」 オーナーはのシャツのボタンを外す。シャツの下は何も着ていない。一応晒しを巻いてはいるが……。 はギュッと目をと閉じ、歯を食いしばる。 ドゴォォォォォォンッ!!!!! 盛大な音と共に、ドアが破れた。 そこには、バズーカーを持った沖田と、隣には兄のの姿。 扉を開けるのもわずらわしく、鍵がかかっているかどうかも確かめず、沖田はバズーカをぶっ放した。 そして、煙が晴れて、目にしたのは、涙目になって、シャツをはだけさせていると、彼女を押さえつけている人物。 しかも、彼女の手足には手錠と鎖。 「……てめぇッ!!!!」 沖田は、すぐさまその人物に斬りかかるが、寸でのところで、かわされた。 「あら、沖田クン。物騒ね」 オーナーは顔色一つ変えない。 「よく、分かったわね」 「アンタから、コイツが使ってる香水の匂いがしたんでねェ」 あの時、すれ違ったオーナーからは男物の香水の香りがした。男物の香水をつける女性だっているし、ホストクラブのオーナーなんてしてれば、雇っているホストの香水の匂いが移ったりもするだろう。 しかし、その時に匂った香りは、が使っていたものだ。女だとばれないようにする小道具の一つに男物の香水を使っていた。 あのクラブに、と同じ香水を使っている者はいない。 ならば、の香りが移るくらい、接近したことになる。 「そう。それは失敗しちゃったわね」 酷く残念そうに言うが、まったく焦った様子はない。 沖田は怒りに任せ、もう一度叩き切ろうと一歩踏み込みかけた。 「悪いけど、その役目は俺に変わってくれない。総悟はをよろしく」 声と同時に、の上には、隊服の上着が掛けられ、沖田の横を風が横切った。 そして、ガチンッという音と共に、二人の目の前では、刃を合わせる、とオーナーの姿。 「女性に手上げるのは、俺としては、したくないと思ってたけど、野郎相手なら手加減は要らないよな」 「見た目よりも、熱い性格だったのね。意外だわ」 「そう? 普段クールなヤツほど、キレたら恐いって、言う、だろっ!!」 は刃を合わせたまま、左足を軸に、右足で横っ腹を蹴る。 そのまま飛んでいったオーナーは、それでも、体制を建て直し、刀を構える。 沖田はの戦う姿に圧倒されていた。彼が戦う所なんて滅多に見ることはない。しかも、今はかなり本気だ。 隊長ではないのに、隊長格と同じ制服を着用し、稽古等での実力はそれこそ隊長以上でなければ相手にならないことは知っていた。 だが、彼の実力は、きっと真選組一だ。年少ながら、剣の才能を持っているといわれ、真選組最強ではないかといわれる沖田だったが、きっと今のには勝てる気がしない。 明らかに、彼の纏う空気は小物のテロリスト相手の捕り物で学んだ程度のものではなく、本当の戦場を知っている者のそれだ。 必死にに一太刀入れようとするが、格が違う。 オーナーは呆気なく、の刀を受け、真っ赤な血が上がった。 「フフフ……あの方の……言った通りね……、今、手元にあるものを……守るのに……必死……。精々、それを……守り続けると、いい、わ」 は、その言葉を聞いたのか聞いていないのか。反応もせずに、血に濡れた刀を、カーテンで拭い、鞘に収める。 「。大丈夫か?」 「……うん」 「しっかし、いい格好だな、なあ、総悟」 話しかけたは、もういつもの彼で、先ほどの様子が嘘のようだった。 「……そうですねェ」 頭を切り替えて、いつものように、を見れば、今の自分の格好を思い出したのか、羽織っている隊服の前を慌てて閉じる。 沖田達を追いかけた山崎の報告で直に他の隊士達は駆けつけ、は危ない目に合わせて悪かったと、近藤に泣きつかれていた。 「総悟、何やってんの?」 が廊下にでると、ぼーっとしている沖田の姿。 「、すいやせんでした」 沖田が謝るなんて、珍しい。だが、何に対して謝ったのか、大体分かる。 「危うく、俺ァ、守らねーといけねえもんまで、失くすとこだった」 「いいんじゃない。結果的に私は怪我もしてないし。……まあ、後悔してるなら、次はちゃんと守ってよ。今よりも強くなれば、今日のことは許してあげるから、ね」 そういって微笑むは、沖田にとって、いくらかの救いと、心に新たに決意を刻んだ。 終 戻る 卯月 静 (08/08/07) |