Edo Side Story

【01】 リングと記憶





「晋兄さま……」

 江戸に京から、一人の娘がやってきた。
 彼女は、ある決意と願いを抱き。
 唯一の身内である兄に会う為に、この江戸へ…………。






「待ちやがれぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 江戸中を、黒い制服を来た男達が駆け回る。
 彼等は「武装警察真選組」江戸をテロリストから守る警察である。

「待てと言われて、待つ者がいるはずがないだろう」

 攘夷志士を捕まえるのが仕事だ。

「総悟、やれ」
「言われなくても、殺る気でしたぜェッ!!」

 ドガーンッ!!!

 真選組の若い隊士は、遠慮なくバズーカを逃げる男に向かってぶっ放す。
 だが、逃げる男は、目下指名手配中の攘夷志士で、今まで逃げてきただけあり、簡単には食らわない。
 今回もいつの間にか姿を消していた。

「チッ!! 追うぞッ!」

 黒髪の目付きの悪い隊士は、パトカーに乗り込み、攘夷志士を追う為に発進させた。
 が…………。

「何っ!!」

 キキーーーーーーッ!!!! キュルキュルキュルッ!!

 突然飛び出してきた人影に、運転手は慌ててハンドルをきった。
 幸い、人影にはぶつからず、スリップしたものの、車は止まったようだ。

「ってー……何だ……?」
「ふ、副長ぉぉぉぉ!!! どうしましょうっ!!!!」

 先に下りた運転手は、血相を変えてパトカーに戻って来た。

「ったく、何だ、そんなに慌てて、いった……いぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 副長と呼ばれた先ほどの黒髪の男は、パトカーから下りて目にしたモノに叫んだ。
 そこには、血を流して横たわって居る娘が一人。




「俺ァいつかやるんじゃねえかと思ってやしたぜィ」
「俺が運転してたわけじゃねえ」
「お、俺、どうしたら……」

 真選組屯所。
 そこにある部屋の中央に、先ほどの少女が眠っている。
 真選組はチンピラだのなんだのと言われようとも、警察だ。
 それが人身事故など起したとあれば、いったいどれ程の大ごとになるか……。
 いくら大物の攘夷志士である桂の追跡に必死になっていたとはいえ、周りが見えていなかったのは、自分の失態だ。
 副長である、土方十四郎はそう思っていた。
 運転していたのは自分ではない。だが、自分は助手席に乗ってたし、車を出せと命じたのは自分だ。

「別に接触したわけじゃねえ。何かあったら俺がどうにかしてやる」
「副長ぉぉぉ……」
「ったく、情けねぇ声出すんじゃねーよ。とりあえず、お前は部屋戻ってろ」

 土方は運転していた隊士にそう告げる。
 隊士はフラフラと部屋に戻っていった。部屋に行けば他の隊士達もいるから、きっと誰かが慰めでもするだろう。
 問題は……。

「どのみち、この娘が目覚まさねえと、どうしようもなりませんぜィ」
「命には別状はないと先生も言っておられたが……」

 部屋にいる土方以外の二人、沖田と近藤は彼女をじっとみる。

「あの捕り物の間は、民間人は退避させたはずだったんだがな……」

 土方は息を一つつきぼやく。
 器物損壊が日常な真選組の捕り物中は、怪我人がでないように民間人は避難させていたはずだった。それも、相手が桂という大物だということで、昼の捕り物となると、民間人の避難は徹底しているはずだったのだが……。

「どっちにしろ、俺の失態だ。すまねぇ、近藤さん」
「いや、トシだけのせいじゃないさ」
「失態だと思うなら、今すぐ副長の座降りろ」

 こんな場でも大真面目に言う沖田に土方が切れそうになる、がそれは娘の声で遮られた。

「ん…………?」

 娘は目を開けて土方達を見ている。

「娘さん。大丈夫か? ここは真選組の屯所だ。隊士がすまないことをした」

 娘はゆっくり体を起す。
 が、近藤の言葉に反応せず、娘は周りを見渡す。

「……えっと、貴方達は?」
「ああ、真選組の者だ。娘さんの名前を聞かせてくれるかな」
「あ、はい。私は……えっと……? ……あれ? …………」
「娘さん?」
「ごめんなさい……私、自分が誰なのか……全く……思い出せないんですが……」
「「「…………えええええええーーーーーーー!!!!」」」


 娘の記憶が無いということで、どうするかと悩んでいた。

「参ったな。名前が分からないとなると、どう呼べばいいか困るな」
「困るとこはそこじゃねえだろっ!!」
「何言ってんですかィ。元はといえばお前が原因だろ、責任とって死ねよ」
「俺が原因の一つってのはあってるが、お前に言われるとムカツクのは何故だろうな、総悟」

 身元所か、名前も分からないとなるとどうすればいいのか途方にくれる。
 しかも、記憶喪失ということは、脅しすかしても分からないだろう。
 怪我をさせてしまったから、家族に詫びをいれるべきなのだが、それも出来ない。

「オイ」

 土方の声に、娘はビクリと体を強張らせる。
 恐がられることは、今に始まったことじゃないと、土方は言葉を続ける。

「何か手がかりになるモン持ってねえのか?」
「手がかりですか……持ち物といえば、財布くらいで……」

 持っていた財布の中身を出すが、そこには金と乗車券の半券くらいしか出てこない。
 名前の書いてありそうな物はない。

「これじゃ話になんねーな……」
「スミマセン……」

 娘は、今にも泣きそうな顔で、胸元をギュっと握る。

「さっきから気になってたんですが、首から提げてんのは、ネックレスですかィ?」

 沖田の指摘に、近藤、土方の視線は娘の首元へいく。彼女の首元にはキラキラとチェーンが光っていた。
 娘は、チェーンを胸元から引っ張り出した。

「指輪……みたいですね」

 チェーンの先についているのは、銀色の指輪。

「…………っ?! おい、それ貸してみろっ!」

 急に大声を出され驚くが、娘は土方に指輪を渡した。
 彼は、指輪を上に翳し、指輪の内側を見ている。

「…………『To 』」
「トシッ! ひょっとしてっ!!」
「だろうな。悪かったな、大切なもんだろ」

 土方は指輪を返した。

「お前の名前は『』だそうだ」

 娘、いや、は目を大きく開き驚いている。それも無理はない、自分の名が分からないのに、それを先ほどあったばかりの人が言い切った。

「その指輪に書いてある名前は、多分お前のだろう。誰からの贈り物かしらねぇが、送り主に感謝だな」

 はジッと指輪をみる。
 今気づいた、先ほどから、ずっと胸の辺りを握っていたが、それは無意識にしてたことで、そして、その時はずっと着物越しにこの指輪を握っていたのだ。まるで縋るように……。

「よし、名前も分かったことだし。これで問題はないな」

 近藤のスッキリしたような声に、は不安になった。
 名前が分かったから、自分はこのままここから放り出されてしまうのだろう。
 彼らだって仕事がある。いつまでの記憶喪失の、素性の知れない娘の世話ばかりも出来ないのだろう。

ちゃん。今日から暫くの間、君には真選組で働いてもらおう。もちろん住み込みでだ」
「え?」
「もちろんちゃんがいやなら、断ってくれて構わない。だが、記憶がない今、帰る場所も分からないだろ?」
「いいんですか……?」
「ああ、いいいさ。なぁトシ」
「俺等のせいだからな」
「ありがとうございますっ!!」


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卯月 静 (08/06/24)