Edo Side Story

【02】 疑心と接触





 が屯所で働くこととなり、隊士達は喜んだ。
 さらに、あの事故の時に運転をしていた隊士は、彼女にひたすら謝り、彼女を撥ねたワケではなく、パトカーがスリップしただけなので、注意はされたものの、きついお咎めは無かった。
 彼女が血を流していたのは、パトカーと接触していたのではなく、スリップした時の風でバランスを崩したかららしい。
 それは、現場を検証した者が言っていたから間違いはないだろう。

ちゃん、こっちにお茶6つお願いー」
「はいっ!」
「後でいいから、こっちにも」
「分かりました、ちょっと待って下さいね」

 は働き者で、大概の仕事はこなしていた。とお近づきになろうと、隊士達はちょっとした用事を彼女に頼む為に、とても忙しそうだ。
 特に夕食の後の寛ぐ時間となれば尚更だ。
 だが、嫌な顔一つせず、せっせと隊士達の世話をしている。

「本当に、ちゃんはいい子だよな。いい拾い物をしたなトシ」
「そうだな……」

 近藤の問いかけに、土方はそっけない返事しかしない。
 そして、煙草を吸ってくるといって広間を出て行った。
 廊下に出て、庭に降り、懐から煙草を出して火を点ける。
 深く煙を吐き、呟いた。

「我ながら、嫌になるな……」

 土方はのことを怪しんでいる。
 これは別に彼女が嫌いだという事ではないし、屯所に彼女を置くことが反対だというわけではない。
 彼女が記憶を失った原因は自分にもあるし、彼女の様子から嘘は吐いていないだろうと思う。だが、心の奥底ではに心を許してはいけないと思っている。
 真選組副長である性なのかもしれない。
 常に彼は、疑わなくてはいけない。一つでも怪しいことがあれば、それが真選組の崩壊に繋がるかもしれないからだ。
 局長の近藤や、他の隊士達はしなくてもいい。疑うことは自分の役目だ。
 だからだろうか、記憶を失っているのは演技かもしれないだとか、記憶がないため、彼女は攘夷派のスパイかもしれないだとか思うのは。

「疑いたい訳じゃねえんだがな……」

 は只の町娘だと、そう思ってやりたい。だが、彼がそう思えるようになるのは時間がかかるだろう。
 その所為で、自分がを見る視線が鋭いことは自覚している。その所為で、彼女が自分に少し怯えていることも知っている。

「ったく。こーゆー事は得意じゃねえんだよっ」

 自分はともかく、他の隊士達は彼女を受け入れているから、に居場所がないということはないだろう。
 それは彼女にとっていいことだ。土方が彼女をまだ受け入れきれていないということは、数人は気づいているだろう。表には出してはいないが、鋭いやつは気づく。
 もう少し彼女に態度だけでも優しくしてやるべきかもしれない。そう思っていたときだ。
 カタンッ。

「何だ? 物置?」

 屯所の端にある物置から物音が聞こえてきた。
 あそこは滅多に人は寄り付かない。碌な物は置いてないし、屯所に泥棒が入ったということもないだろう。
 しかし、攘夷派の者が忍び込んで内から真選組を狙うということもありえる。
 土方は正体を確かめる為に、物置へ向かった。
 物置には人がいるのが見てとれた。声を掛けようかとも思ったが、物置にいたのはで、一生懸命手を伸ばして何かを取ろうとしている。
 数分観察していたが、どうやら手が届かないらしい。
 見かねた土方は、の背後に回り後ろから、手を伸ばす。

「これでいいのか?」
「はい。……え? 土方さんっ!? ……キャァ!!」
「オイッ!!」

 土方が箱を掴んで持ち上げると、が振り向いた。
 だが、後ろに居たのが土方であったことに驚きバランスを崩した。

「ってぇ……大丈夫か?」
「は、はい……」

 バランスを崩した拍子に、上に乗っていた物も落ちてきた。
 土方はとっさにを抱きこみ、落ちてくる物から彼女を守る。
 声を掛けた時、彼女は驚きで放心しており、何が起こったのか分からなかったようだ。

「あっ!」
「どうした? どこか怪我したか?」
「怪我は怪我ですけど、私じゃなくて、土方さんが……」

 言われて、土方はの視線の先にある自分の腕を見る。
 何かで擦りむいたようで、血が出ている。

「これくらい大丈夫だ。舐めときゃ治る」
「ダメです。雑菌が入って膿んでしまったらどうするんですか」

 大げさな怪我ではない、と言うつもりだったが、彼女の思わぬ反応に、土方はたじろぐ。

「無いよりはマシだと思いますから……。後で絶対手当てして下さいね」

 は持っていたハンカチで土方の傷口を縛る。

「痛っ……」

 縛る力が少し強いのは、彼女が怒っているからだろうか。

「スミマセン。私が騒いだから……」
「お前のせいじゃない。急に声を掛けた俺が悪ぃんだ」

 土方はの頭にポンと手を置き、戻るぞと立ち上がる。

「ほら、手出せ」

 言われるまま差し出したの手を取り、彼女を引っ張って立てらせた。
 頭で考えるよりも、体が彼女を助けていた。
 これならば、自分が心配している程彼女を受け入れていないわけでもなさそうだ。


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卯月 静 (08/06/25)