Edo Side Story

【04】 過去と現在





 息抜きをしようと土方が廊下にでると、洗濯物を干しているの姿が見えた。
 彼女の記憶は一向に戻らない。片鱗でも思い出せれば、監察方にでも命じて、素性を調べれば家族や知り合いの下に返してやれるのだが……。
 「」という名前も正しいのかどうかは分からない。
 ただ、彼女が首から提げていた指輪に書いてあっただけだ。あの指輪が彼女に贈られた物かどうかすら分からない。
 に贈られた物だとして、あれを贈った自分物はとどういう関係なのだろうか。
 指輪を贈る相手など限られてくる。
 ふと土方の脳裏に「恋人」の文字がチラつく。
 あの指輪は彼女が恋人から貰ったものだろうか。

「……っ!? 何考えてんだ、俺は……」

 過ぎった考えを消すかのように、土方は頭を振る。
 これ以上は考えてはいけない。想ってはいけない。

「土方さん、どうかされました?」
「あ、いや……ちょっと気分転換にな」

 いつの間にか洗濯物が終わったは声を掛けてきた。

「そうですか、最近ずっと書類仕事ばかりですもんね。何かお部屋にお持ちしましょうか?」
「いや、お前だって仕事があるだろ」
「大丈夫ですよ。もう大半は終わってますから」
「そうか、なら…………茶ァ頼む」
「はい」

 断ろうかと思ったが、ここで断ればが不思議に思うかもしれないと、いつもの様子を取り繕って頼む。
 ふわりと笑って返事を返す彼女にこちらまで幸せな気分になる。
 書類仕事で気が滅入っていたが、先ほどとは打って変わって上機嫌で部屋に戻った。



 しばらくすると、が茶と羊羹を持ってきた。

「悪いな。お前も仕事が残ってるのに」
「これも私の仕事ですから」

 の入れた茶に、口をつけながら、彼女を見る。
 「今」がずっと続けばいい。

「そろそろ、戻りますね。…………土方さん?」
「え……あ、悪い」

 が立ち上がると、土方は無意識に彼女の腕を掴んで引き止めていた。
 直ぐに手を離すが、土方の言葉はしどろもどろだ。

「い、いや……これは……なんだ……」
「土方さん?」
「……少し、休憩してけ。今日はずっと働き詰めだろ」

 彼女の仕事はキリがなく、朝からきっと休んでないのだろうことは直ぐに分かった。
 だが、別に彼女に休憩させるために引き止めた訳ではない。本当に無意識。
 休憩云々は今思いついた言い訳だ。だが、は土方が自分を労わって引きとめたのだろうと納得したらしく、その場に座った。

「じゃあ、少しだけ。土方さんの休憩が終わるまで、ここで休憩してます」
「ああ……」

 茶を飲みながら、他愛もない話をする。
 誰にも邪魔をされることなく、穏やかな時間を過ごす。
 茶も羊羹もなくなり、土方がそろそろ仕事に戻ることにするというと、は盆を持って部屋を出て行った。

「土方さん、今日はありがとうございます。また休憩御一緒してもいいですか?」
「ああ」

 彼女の居なくなった部屋で、土方は懐から、煙草とライターを出し火をつける。
 深く吸い込み、そして、ゆっくりと吐く。
 紫煙はゆらゆらと揺れながら上に上がっていく。
 何故、あんなことを思ってしまったのだろうか。「今」が続けばいいなどと。
 あの穏やかな時間が、また過ごせればいいと。
 自分には、それを望む資格はない。
 死と隣合わせの真選組に居て、自分の最優先させるものは、真選組であり、近藤だ。
 その為に、多くの人を傷つけて、そして、多くのモノを捨ててきた。
 それなのに今更、自分は何を望むというのだろうか。

「また……か……」

 何故自分が望んでしまったのか、分からないわけじゃない、ただ、それを認める訳にはいかないのだ。


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卯月 静 (08/06/27)