Edo Side Story

【05】 マヨと忠告





「……あ……足りない……」

 夕飯の支度をしていると、買い忘れた物に気づき、買いに出ることにした。
 無くても困る物ではないし、今日のメニューはそれを使う物ではない。
 普通は。
 だが、これがないと困る人物が一人いる。は夕飯の準備を通いの女中達に頼んで、買出しに行くことにした。




 スーパーから出てくるはスーパーの袋を手に提げていた。
 中身は赤いキャップの入れ物に入ったマヨネーズが三本。
 屯所のマヨネーズは半分しか残ってなかった。マヨネーズを必要としないメニューなのだから、半分あれば、明日買い足しにいけるが、それでは足りないのだ、彼は。
 マヨネーズが必要なのは、言わずとしれた副長、土方十四郎。彼は極度のマヨラーだ。
 初め彼の食事を見たときは、自分への嫌がらせかと思った。
 がそんな風に考えるのも無理はなく、彼はの作ったおかずに大量のマヨネーズをかけたのだ。だが、あとで、彼がマヨラーで、異常な程マヨネーズをかけるのだと知った。
 実際、あの時もマヨネーズのかかったおかずは全て平らげていた。
 無くても彼は食べるかもしれないが、好きな物があるのと無いのとでは食事の美味しさも変わってくるだろうと、はとりあえず数本買ってくることにしたのだ。

「オイ。買い物か?」

 後ろから声をかけられ、振り向くと、そこにはマヨラー、もとい、土方がいた。

「はい。マヨネーズが無かったものですから」

 チラリとの袋の中に視線を投げる。

「持ってやるよ」
「え、でも、今は見回り中なんじゃ……」

 外にいるということは、今は見回り中、つまりは仕事中なのだろう。そんな中でスーパーの袋など持たせられない。

「もう、終わった。後は屯所に戻るだけだ」

 そう言うと既に土方は、から袋を取って持っていた。

「ありがとうございます」

 の笑顔付きの御礼に、土方の口元も上がる。
 が、次の瞬間。気分は一気に下がる。

「あっれ〜。多串君じゃん。何々、勤務中にナンパですか」
「テメエ。万事屋……」

 前方には、銀髪の男が、土方に親しそうに声をかけ、面白そうだといった表情で話しかけている。
 対して、土方は眉間に皴を寄せ、不機嫌な顔だ。
 は目の前の銀髪の人物と土方のやり取りを見ていた。
 男の銀色の髪が綺麗だと思いながら。

「いいのー、勤務中にナンパなんてさ。羨ましいねぇー」
「ナンパじゃねえよ。コイツは真選組の女中だ」
「へ〜。しっかし、大変だね、あのチンピラ連中の女中さん……なん……て…………」

 銀髪の男は、と見て、固まった。
 目を見開いて、驚いている。

……なんで、江戸に……」






 絶句し、固まった銀時に、土方は視線を向ける。
 彼は確かにの名を口にした。そうなると、銀時はのことを知っているのだろうか。

「オイ。万事屋。テメェ、のことを知ってんのか」
「知ってるも何も……」

 銀時はどうやら、混乱している様子だ。

「あ、あの。私記憶を無くしてて、もし私のことを知ってるなら、何か教えてくれませんか?」
「……記憶喪失?」

 の言葉に、銀時は土方に対して視線を送った。
 それも無理はない、知り合いが記憶がないなどといわれれば誰でも混乱するだろう。

「……事故ってな。自分のことすら覚えてねぇ。分かるのはが持ってた指輪に「」って名前があったくらいだ」
「その指輪、ちょっと見せてくんない?」

 は胸元から、指輪を取り出し、銀時に見せる。
 彼は指輪の内を見て、そして、またに返した。

「そうか……ずっと持ってたのか……」

 銀時がとみる瞳は優しい。いつもの死んだ魚の目ではなく、本当に大切な者を見る目だった。
 それに対して、土方は軽い嫉妬を覚える。
 銀時はの過去を知っている。しかも、先ほどの様子から、彼がに害を与えることはないだろう。
 彼女が本来居るべき所に戻らなければいけない時が来たのかもしれない。

「あ、あの……」

 銀時を見つめ、半ば困ったようには声をかける。
 目の前の人物はを知っているが、はこの男を知らない。だから、戸惑っているのだろう。

「万事屋、お前はコイツとどういう関係だ」
「…………その指輪をにあげたのは俺だよ」

 銀時の言葉に、も驚いている。対して、土方は苦い顔だ。

「そんな恐い顔しないでよ。兄が妹にプレゼントやっちゃいけないわけもねーだろ」
「兄だぁ?」
「そ、俺はのお兄さんなわけよ」
「本当ですか。本当に私の……」

 身内が見つかったことが嬉しいのか、は満面の笑みを浮かべている。
 土方としては微妙な心境だ。彼女の身内が見つかって喜ばなければいけないはずなのに、素直に喜べない。

「いろいろ聞きたいことあるから、明日そっちに行くわ。じゃ、明日」

 そう言って、銀時は去って行った。
 彼はを連れて帰ると言うかも知れない。自分の妹が男ばかりの真選組で働くのを快くは思わないだろう。

「俺達も、帰るか。近藤さんにも報告しなきゃいけねえことも増えたし」
「はい」
「……嬉しいか?」
「……はい。でも、それは身内が見つかってというよりも、あの人が私を優しく見てくれるのが嬉しいんです」

 はずっと不安だったらしい。記憶がないから、自分が回りにどのように思われていたのか分からない。
 知り合いが見つかっても、拒絶されるかもしれない。それが不安だったのだと。
 だが、銀時の態度はそれとは違っていた。
 記憶はないが、彼からは懐かしい感じがしたと言う。




 次の日、銀時は約束通り屯所に来た。

「そうか、お前がちゃんの兄だとはな」

 近藤はが事故にあい、真選組で暮らすようになった経緯を話した。

「つーわけで、は俺んとこに連れて帰るから」
「え?!」

 銀時の言葉には声を上げる。
 土方もそして、近藤も予想はしていたが、彼女はそうではなかったらしい。

「えっと……あの……」
「銀さん」
「え?」
「いきなり、兄とか言われて、どう呼んでいいか困ってるんだろ。今は銀さんんでいいから」
「ありがとうございます。それで、銀さん。私、やっぱりここにいちゃ駄目ですか?」
「……気持ちは分かるけどなー。こんな野獣共の所に、可愛い妹を置いとけるほど、俺は無神経にはできてねーんだわ」
「そうですよね……」
「だから、俺のトコから通いでってんなら構わねえよ」

 落ち込むだったが、銀時の言葉に顔を上げる。

「本当ですか! あ、でも……」

 身内が見つかったのなら、がここで働く理由はない。銀時が引き取るといってるなら尚更だ。
 来る必要は無いといわれるのだろうと、はチラリと土方を見た。

「通いの他の女中と同じ時間にくりゃいい。そうだろ、近藤さん」
「ああ。今ちゃんに辞められたら、うちは大変だ」

 まだ真選組の人々と別れなくてもよいのだと知り、の目には涙が溜まっていた。



 門では土方が見送りに出ていた。
 銀時はを先に行かせその場に残る。

「お前、に惚れてるだろう」
「なっ?! …………だったら、なんだ。兄としての忠告でもする気か」
「テメェ次第だがな」
「俺はいつ死ぬともわからねえんだ。アイツに想いを伝える気なんざねえよ」
「そうか…………。なら、の為を想うなら、ずっと想いを伝えんじゃねえぞ」
「何を言って」

 茶化してるのかと、返そうとしたが、銀時の目は真剣で、本気で言ってるのが分かった。
 銀時は、呆然と立っている土方を残し、帰路に着いた。


 銀時の言葉の意味は分からなかった。
 だが、銀時の忠告がいや、彼の目がの為だと言っていることだけはよく分かった。


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卯月 静 (08/07/01)