Edo Side Story

【07】 月と紫煙





 酷く静かだ。
 もう月が出ているが、土方にはまだ仕事が残っていた。
 だが、書類整理をする気が起きず、廊下に座り、煙草を吸っていた。
 息を吐けば、紫煙がゆらりと上がる。
 今頃、彼女は万事屋で笑っているだろうか。幾ら兄だといっても、記憶のないにとって、銀時は初めて会う人間に違いない。
 あいつが、の兄だという証拠はなかった。だが、銀時がを見る目は決して悪い物じゃなかった。
 兄が妹を見る眼差し、それに似ているような気がした。
 それが分かったからこそ、近藤だってを銀時の下に返すことに同意したのだ。
 カタンッと物音がし、はっと音がした方を見る。

「土方さんが月見なんて、明日は雨でも降るんですかねィ」
「……総悟か……」

 物音をさせたのは沖田だった。
 こんな時に、会いたくはなかったと、土方は視線を沖田から外す。

「……誰だと思ったんですかィ?」
「誰かと期待したわけじゃねえ」
「朝……なんで見送りに行かなかったんでィ」

 誰のなんて聞くまでもない。
 朝はずっと部屋に篭っていた。彼女が今日屯所を離れることは知っていた。

「仕事だったんだ」
「また、仕事ですかィ」
「それに、ただ、住む場所が変わるだけだろ。明日にもは来る」
「……でも、さんは土方さんが居ないのを残念がってましたぜィ」

 本当は見送りに行った方がよかったのかもしれない。だが、行ってしまえば、彼女を引き止めてしまうかもしれない。
 想いは告げないと決めたのに、銀時にだってそう宣言したのに、ここで引き止めてしまえば、きっと抑えは効かなくなるだろう。

「だからって、仕事を放りだすわけにはいかねーだろ」
「そうやって……アンタは、また、泣かせるんだ」

 土方はゆっくり、沖田を見た。
 沖田の顔には何も感情が読み取れない。悲しんでいるようにも、怒っているようにも見える。
 無表情だからかもしれない。そう感じるのは、土方に罪悪感があるからだろうか。

「アンタ、気づいてねえ、わけじゃねーだろ。さんは」
「総悟、それ以上言うな」

 それ以上、はっきりした言葉にはしないでくれ。
 気づかない筈がない。自分はずっと彼女を見ていたのだから。
 何度思ったことだろう、彼女に触れたいと。
 何度思ったことだろう、彼女をこの腕に閉じ込めたいと。

「土方さん、アンタだって、さんのこと」
「言うな……それ以上、言わないでくれ」

 何度思ったことだろう、彼女を自分だけのものにしたいと……。
 だが、それは自分には許されない。
 自分はいつ死ぬか分からない。それでは、彼女が可哀想すぎる。
 死なずとも、きっといつも彼女を寂しがらせてしまう。
 それでもいいと、彼女は言うかもしれない。だが、それで、彼女が幸せになれるわけがない。

「それに……万事屋の野郎に、手出すなって釘刺されたしな」

 土方は紫煙を吐くと、煙草を消し、立ち上がった。

「いつものアンタなら、旦那が何言っても、聞くなんてしなかったじゃねーですか」
に関することじゃなきゃ、聞かなかっただろうな」

 土方は沖田を残したまま自室に戻った。
 沖田に言われたからか、あの時の銀時の言葉が頭を過ぎる。
 あれは、あの言葉は、妹を他の男に渡したくないからと言った性質のものではなかった。
 土方がいつ死ぬとも分からない男だから、そんな男に妹を任せられないといった物でもなかった。
 だが、あれは、なんとしてでも、引き離すと、銀時の瞳はそう言っていた。

「……に何かあるのか……」

 記憶がないにも関わらず、土方はについては調べもしなかった。
 別に知らなくても、今の彼女が笑っていればそれでいいとさえ思うようになってしまっていた。
 だが、銀時の言葉は引っ掛かる。あの男があれほど言うのは異常だ。
 自室に戻るなり土方は、山崎を部屋に呼んだ。


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卯月 静 (08/07/12)