Edo Side Story【10】 見舞いと報告ピンポーン。ピンポーン。ピンポンピンポン。 先ほどから、万事屋のベルが鳴らされている。だが、一向に誰も出ない。 この時間だし、万事屋のメンバーは仕事に出ていても可笑しくない。だが、居るはずなのだ。彼女は。 そう確信して、沖田はベルを鳴らし続ける。 「おっかしいな。居るはずだと思ったんだけどねィ」 仕方なく帰ろうと、踵を返すと、万事屋の扉が開いた。 「総悟くん?」 「やっぱり、いたんじゃねえですか。体調崩して、休んだって聞いたもんで、見舞いに来たんでさァ」 沖田はにっこりと笑って、持っていた袋を持ち上げる。 に促され、沖田は万事屋の中に入った。案の定、他の万事屋メンバーは留守のようだ。 ソファーに座ると、程なくして、がお茶を持って来た。 「急に休むなんていうから、皆心配してましたぜィ。風邪でも引いたんですかィ」 風邪でも、病気でもないことは、を見てすぐに分かった。 の目は明らかに泣き腫らした痕がある。きっとこのまま行けば、真選組の皆に心配を掛けると思い休んだのだろう。 「……うん、そんなとこ」 「でも、見たところ元気そうでよかったでさァ。明日は来れるんですかィ?」 だが、沖田はそれには触れない。確かに自分はSだ。だが、自分は相手をいじめるのが好きなだけで、悲しませるのが好きなわけではない。第三者から見れば何が違うのだといわれるだろうが。 そもそも、それ以前に、姉のようにすら思っているアカネが泣くのを見るのはツライ。 「うん。明日はいつも通り行けるから、皆に謝らなくっちゃね」 「ホント、さんがいないと、隊士の作ったクソ不味い飯、食うはめになるんですぜィ」 彼女がどうして、泣いていたのかは分からない。だが……。 「土方さんは、相変わらずマヨネーズを掛けた、犬の飯でしたけどねィ」 土方の名を出すと、は胸元の指輪を握り締め、辛そうな表情をした。 やはり、あの男が彼女を悲しませているのか。そう思うと腹が立つ。だが、昨日、は普通に帰って行ったはずだ。 「…………総悟くん……。聞きたいことがあるの……」 「……なんですかィ?」 「……総悟くんの……お姉さんって、どんな人?」 の口から出ると思わなかった人物の話題に、沖田は驚く。 自分はに姉の話をしたことはない。心の奥底で、姉とを重ねていたものの、一度もその話はしていない。 「俺の、姉さんですかィ……」 「うん。総悟くんのお姉さんだから、きっと綺麗な人なんだろうね……」 あの土方が、にミツバの話をするとも思えない。じゃあ、誰が? 「ええ。身内の俺がいうのもなんですが、出来た姉でした。優しくて、小さい頃から俺の面倒をみてくれた、俺の母親代わりです」 「そっか……。素敵な人なんだ……好きになるのも無理はない、か……」 そこまで知ってる……。土方がミツバに惚れていたことも知ってる。 の涙の原因はこれに違いない。好きな男に惚れた女が居ると聞いて、平静でいられるはずもない。 沖田は土方がに惚れていると知っているが、彼女は知らないのだ。 だが、誰がを傷つけるようなことを……。 「さん……俺の姉のこと……誰から聞いたんでィ?」 「昨日、銀さんにね、土方さんには忘れられない人がいるって……。仕事一筋で、女の人の影がないから、ビックリしちゃって。でも、無理はないよね、土方さんみたいな素敵な人を、女の人が放っておくはずないもの」 いつもの様な笑顔で答えるが、とても痛々しかった。無理をしている。今にも泣きそうで、一生懸命それを我慢している。 「さんっ! 土方さんはっ」 「あっれ〜。沖田くんじゃん。何、の見舞い?」 土方はのことが好きなのだと、あまりに今のが見ていられなくて言おうとしていた。言えば、きっと彼女に笑顔が戻るだろうと。 だが、それはこの家の主によって遮られた。声の調子も表情もいつもの通り。だが、目は違うし、沖田へ向かってくる空気も違う。 「旦那……」 「、悪ィが、ババアんとこにこれ持っててくれ、先月分の家賃だ。いい加減払わねえーと五月蝿いからよ」 「う、うん」 はパタパタと万事屋を出て行く。玄関の扉を閉める音を確認して、口を開く。 「沖田くん。さっきに何言おうとしたわけぇー?」 「旦那こそ、どうして、姉さんのことっ!!!」 「決まってんだろ。さっさと、多串くんのこと諦めてもらう為だよ」 「旦那が土方さんのこと嫌いなのは、知ってやす。だからってっ!!」 「これがの為なんだよ」 「土方さんが真選組だからですかィ?」 「…………そうだ」 「土方の野郎と同じ考えってわけですかィ」 「そうじゃねえ。あの二人がくっ付いても、お互いに苦しむだけだっつーことだ」 「旦那、それは一体……」 問いただす暇もなく、万事屋の扉が開き、だけでなく、新八や神楽も帰って来た。 「何で、サドがここにいるね。さっさと帰るよろし」 沖田は神楽に一瞥をくれただけで、何も言わず、万事屋を出て行った。 「もう、神楽ちゃんったら、総悟くんは私のお見舞いに来てくれたのに」 「あんな奴のお見舞いなんて必要ないネ」 は今も変わらず、真選組に勤めに来ている。 銀時に言われたからではないが、土方は極力、との接触は最小限にしようとしていた。 だが、最近はの方も自分を避けているような気がする。 この間が体調を崩して休んだ時からだ。 相変わらず笑顔で仕事をしているが、最近、彼女の笑顔を正面から見ていない。つまりは、自分に対して笑いかけていないということだ。 想いを伝える気がないのだから、これでいいはずなのだ。別に彼女から笑顔が無くなったわけではない。他の隊士には笑いかけている。 自分が彼女を避けていることを、彼女が気づいてしまったのかもしれない。ひょっとしたら、土方が自分のことを嫌っているのだと、そう思ってしまったのかもしれない。 それでいい。これ以上、想いを募らせるわけにはいかない。 ミツバの時は、彼女を置いて、ここへ来た。彼女と顔を合わせる機会はなかった。だが、の場合はどうだろうか。きっと、接近しすぎれば、我慢が利かなくなるに違いない。 彼女をこの腕の中に閉じ込めて、その瞳に映る男は自分だけであるようにしたい、そう欲してしまうだろう。 今であれば、まだ吹っ切れるはずだ。今なら、まだ……。 「副長……」 「山崎か、入れ」 声を掛けられ、入室を許可すると、山崎が入ってきた。 その手には大きめの封筒が握られていて、そして、その顔は暗い。 「報告書か」 「副長……」 報告書を受け取ろうとしたが、山崎は土方に渡そうとしない。 「おい、山崎」 「俺、今まで、監察の仕事に誇り持ってました。色んな裏の事情や、知らなかった方がよかったって思うこともいろいろありました。でも、今回ほど、嘘でよければいいなんて思ったことはありません」 今まで、報告をするとき、こんな山崎をみたことが無かった。 仕事はきっちりするし、監察であるからには、他よりも、辛い事実を知ることになることも多い。それでも、こんな山崎をみたことは……。 「さんについての報告書です」 土方は、山崎から封筒を受け取り、中から出す。 目を通し、そして、そこに書かれた事実に、咥えていたままの煙草を落とした。 「山崎……これは、事実なんだな」 「……はい。現地まで行って、確認してきました」 の持っていた半券から、彼女が京から来たのは間違いなかった。だから、そちら方面から情報を収集したが、手に入れた情報が信じられなくて、現地まで行った。 それでも、手に入れた事実は覆ることは無かったのだ。 「……副長、どうするつもりなんですか」 「……山崎。このことは誰にも言うな。近藤さんはもとより、本人にすらだ」 「でも、副長はッ!」 「いいな。これは命令だ」 「…………分かりました。失礼します」 土方は先ほど落とした煙草を拾って咥え、火をつけた。 深く吸って、吐くと、紫煙が漂う。 今なら、あの時の銀時の言葉の意味が分かる。 この想いは告げてはいけない。告げても彼女を苦しめるだけだ。 「そうか、万事屋の野郎は知ってやがったのか……。だからあんなことを……」 その後は暫くの間、紫煙だけが漂っていた。 次へ 戻る 卯月 静 (08/07/19) |