Edo Side Story

【12】 拳とキス





「ちょっ! 旦那っ! 副長は今怪我してて」
「うるせー、知るかっ!」

 昨日の今日で、傷が癒えるはずもなく、半ば強制的に部屋で養生させられていた土方の耳に、ドタドタと足音と怒鳴る声が聞こえた。それは、段々と土方のいる部屋に近づいてくる。
 止める山崎の声がするが、彼では止めることは無理だろう。
 スパンッと壊れんばかりの勢いで襖が開かれた。
 そこには、予想通り、銀時の姿が。

「おい。土方十四郎。テメーどういうつもりだ。俺は忠告したはずだよな」
「ああ」
「しかも、テメーはには想いは告げないと、そう言わなかったか」
「言ったな」
「なのに、これはどういうことだ?」
「あの時とは事情がちげーんだよ」
「どう違うか言ってみろよ」

 低く、威嚇するように言葉を吐きつつ、銀時は、土方の胸倉を掴んだ。
 土方は特に抵抗をするようすもない。

「誰だろうと、例え、実の兄だろうと、は渡さねえ」
「てめー……まさか……。分かってんのかっ!! 苦しむのはなんだぞっ!!」
「分かってるさ。その時はてめーがいるだろうが。俺を悪者にしてでも、アイツを慰めてやりゃいい」

 バキィ!!!
 銀時は土方の顔を思いっきり殴りつけた。

「これくらいで、勘弁してやるんだ、ありがたく思え」

 それだけ言うと、銀時は部屋を出て行った。

「あの野郎……手加減なしで殴りやがって……」
「土方さん? さっき銀さんが……って、それどうしたんですかっ?!」

 は慌てて、土方に駆け寄る。

「お前の兄貴に殴られた」
「銀さんが?! どうして……。それよりも、冷やさなきゃ、今冷たい手拭いを」

 殴られたところを冷やす物を持ってこようと立ち上がろうとしたが、土方に引き寄せられそれは叶わない。

「土方さん、これじゃ……冷やせません」
「後でいい。暫くこうさせろ」
「はい……」




「旦那、派手に殴りつけましたねィ」
「一発だけだって。それで済んだことを感謝して欲しいっての」
「ま、俺としては、土方の野郎が殴られる姿ってのは見ててすっきりしやしたが」

 先ほどの剣幕はどこへやら、銀時は既に普段の銀時に戻っていた。

「いいんですかィ。あんなに反対してたじゃねーですか」
「くっ付く前ならともかく、今引き離すのは流石にできねーよ。の奴、すっげー幸せそうだったんだぜ。あんな顔みたら、な」

 昨日、はとても幸せそうに顔で帰ってきた。
 それで、全て、何があったのか分かってしまった。これから先、いずれ、が記憶を取り戻したときに彼女の顔から笑顔がなくなるかもしれないとは分かっているが、それでも、あんなに幸せそうなに、土方と別れろとは言えなかった。

「さて」

 銀時は再び元来た方向に向かって歩き出した。



「つぅっ!!」
「ごめんなさい、染みました?」
「大丈夫だ」

 銀時に殴られた所を、は濡れた手拭いで押さえ、冷やしている。
 殴られて、手当てされているという酷く情けない状況だが、幸せだと感じる。
 土方は、手拭いを持っているの腕を取る。

「土方さん?」

 そして、逆の手で、の頭を撫でる。

「…………」
「……土方さん……」

 少しずつ二人の距離が縮まって行き、そして……。

「なーにしようとしてんのかなぁ、多串くーん」

 あと数ミリという所で邪魔が入った。

「俺は多串じゃねーつってるだろっ!!」
「あれ? そーだっけ?」
「手前ーさっきは、普通に呼んでやがっただろーがァ!!」

 邪魔をした銀時に向かって、怒鳴る土方に対し、は真っ赤だ。

「で、何しよーとしてたの」
「テメーな」
「これだからムッツリはいけやせんねィ」
「総悟、テメーもいたのかよ」
「いい雰囲気だからって、屯所で××を××して、××を×××で××ったり、×××に×××を××××ってのは頂けませんぜィ」
「銀さんの可愛い妹に、そんなことしようとしてたのー。サイテー」
「っんなこと、しよーとはしてねーよっ!!」
「狼に食べられる前にけーるぞ、
「あ、はい」

 真っ赤になって固まっていたが、銀時に帰るといわれ、パタパタと追いかける。が、何か思いついたようで、土方の方へ戻ってきた。

「何か、忘れ物か?」
「はい」

 満面の笑みでそういわれ、そして……。

「っ?!」

 頬に柔らかい物が触れた。

「ちゃんと冷やして下さいね」

 それだけ言うと、は、そのまま銀時を追いかけて行った。

さん、意外と大胆ですねィ」

 が駆けて行った方を見つつ、呟くと、沖田は土方の方を見た。

「土方さん、耳まで真っ赤ですぜィ」
「るせーよ」


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卯月 静 (08/07/27)