Edo Side Story【14】 観覧車と独占欲「わぁ〜。すっごい素敵な景色っ!!」 観覧車の中で、は窓から下を見下ろしている。 その様子は、いつもの彼女よりも幾分か幼く見える。 「ほら、土方さん……って、何笑ってるんですか」 振り向いたは、土方が笑っているのを知り、不満そうな顔をする。 ああ、そんな顔をするのだと、土方の口元は綻ぶ。 「悪ぃ。初めて観覧車にのった餓鬼みてーだと思ってな」 そんな彼女に、すこし意地悪をしたくなって、あえてそんなことを口にする。 すると、案の定、口を尖らせ、座り直す。 「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。そりゃ、土方さんから見たら子供に見えるかもしれませんけど……」 「悪かった。だから拗ねるな」 こういうやり取りすら、幸せだと感じてしまう自分はもう重症なのだろうと土方は思った。 そして、ふとこの間の沖田の言葉を思い出す。 『観覧車は恋人たちがチューする為の乗り物なんですぜィ』 あの時は何も思わなかったが、確かに、この密室で、二人っきりだと……。 「土方さん」 「何だ」 「見てください、あそこの噴水、虹がかかってますよ」 冷静な振りをするが、土方の視線は、無意識にの唇に行く。 は何も土方のことを意識していないみたいだが、土方は意識しまくりだ。 が話す度に、返答はするが、視線は唇から反らせない。それどころか、の唇が動く度に自分の中の何かが外れていくような気がする。 「土方さん、知ってました?」 「何がだ?」 「ここの観覧車って、一番上でキスしたカップルはずっと幸せになれるってジンクスがあるらしいですよ」 「………………」 これは、誘っているのだろうか? の言葉に、土方は黙り込んでしまった。 微笑ながら言うに他意はないのだろう。ただ、そういう話があるというだけのことを、話の流れで土方に話したのだろう。 だが、今の精神状態の土方からすれば、誘っているとしか思えない。 しかも、二人の乗った観覧車はもう直ぐ一番上に着く。 惚れた女と二人っきりで、しかも、この密室。さらに、彼女から誘っているような言葉がでれば、流石の鬼副長といえど、冷静で居られるわけもなく、先ほどから、どんどん外れていっていた何かは、大きな音を立てて最後の一つも外れた。 「土方さん?」 土方は、の隣に移る。その振動で、ガタンと少し揺れた。 「あ、あの……」 「少し黙ってろ。もうすぐ、てっぺんだ」 動揺するを尻目に、土方はの耳元で低く囁く。 すると、の頬は一気に紅くなり、口を噤む。 頂上まであと少し。 ここなら、誰の邪魔も入らない。 の顎に手を添え、自分の方へ向かせる。 そして、少しずつ距離を縮めていく。 二人の唇が重なった時、丁度二人の乗っていた観覧車は、頂上に来ていた。 唇を離し、を見ると、彼女は真っ赤になっていた。 「真っ赤だな」 「誰のせいだと思ってるんですか……」 そんなも可愛いと思う。それだけではなく、一つ手に入れられると、さらに欲しくなる。 彼女が愛おしくてしょうがないのだ。土方はこれほど自分が彼女に溺れるとは思っても見なかった。 色恋沙汰は、自分の精神力で抑えつけられると、そう思っていたのだ。 だが、実際はそうじゃなかった。抑え付けようとしても抑えることも出来ないし、ましてや、消すことなど叶わない。 共に過ごす度、話す度、そして、に触れる度に想いは募る。 「今日は楽しかったです。また行きましょうね」 「ああ」 万事屋の前まで、を送る。 本当は名残惜しいが、流石に家に帰さないわけにはいかない。 「じゃあ、また明日」 そう言って、歩き出すの腕を引っ張る。 「……」 「はい?」 そして、自分の方へ引き寄せ、の唇に自分の唇を落とす。 「んっ?! …………ふっ……ぅんっ……」 今度は観覧車の中のような、触れるだけの物とは違い、名残を惜しむかのように深く口付けた。 「また、明日な」 土方はぼーっとしてしまったに微笑み、そして、その場を立ち去った。 屯所に向かって歩きながら、つい先ほどのことを思い出す。 きっと、あの後彼女は真っ赤になってたに違いない。 彼女を返したくなくて、と言うのもあるが、あの時、建物の二階。万事屋の扉の前に銀時がいるのが見えた。 だから、見せ付けたくなった。彼女は俺の、ものなのだと。 下らない独占欲だということは分かってはいるし、銀時とは別に三角関係というわけではない。 それでも、しないでは居られなかった。 相手が誰であろうとも、自分は彼女を手放す気はないのだと、そう示したかった。 次へ 戻る 卯月 静 (08/08/12) |