Edo Side Story

【17】 別れと決断





 昨日は銀時の邪魔が入り、と顔を合わせることができなかった。
 だが、今日は風邪も治ったようで、彼女は屯所に来ていた。
 だが、土方はあまり会っていないような気がした。昨日会ってないせいで、会いたいという気持ちが増し、そのせいでいつもよりも少なく感じるのかもしれない。
 今まで色恋沙汰は避けてきたせいか、色恋を自分に許したとたんこれだ。
 そうとうに惚れているという自覚はあるが、これでは副長としての判断が鈍るかもしれない。鬼の副長が女に骨抜きにされたとあっては、沽券に関わる。
 そうは思いながらも、今の自分の状況は嫌ではない。

「トシィィィィィィィ!!!!!!!!」

 大きな足音とともに、近藤が副長室の襖を開けた。
 かなり慌てているようすだが、土方はだからと言って自分も慌てるような人間ではない。

「何かあったのか、近藤さん」

 近藤は土方に詰め寄り、隊服の襟を掴むと前後に勢いよく揺らした。

「ちょっ!! 近藤、さん、揺ら、すなぁっ!!!」
「ちょっと、ちょっと!!! ちゃんが屯所やめるってどーゆーこと?!」
「はぁ?!」

 近藤の口からでた全く予想していなかった言葉。

「どういうことだよ、それ」

 何とか近藤を落ち着かせ、話を聞く。

「さっき、ちゃんが俺の所に来たんだけど、今日で真選組の女中をやめますって……。トシなら何か知ってるかと思ったんだが」
「理由は?」
「言えないそうだ。ただ、居れば皆に迷惑がかかるからって」
「…………まさかっ!!」

 部屋を飛び出した土方を、近藤は呼び止めたが、土方の耳にその声は聞こえていない。
 心当たりは一つだけある。彼女がここを辞める理由。

「こういう時に限って、なんで、見つかんねーんだよっ!」

 土方は、通り過ぎた隊士に片っ端から尋ね、尚且つ、屯所中を探した。
 だが、彼女が中々見つからない。屯所からは出ていないようだから、絶対どこかに居るはずだ。

「ここにいたのか」

 そして、ほぼ屯所中を探して、やっとを見つけた。彼女は屯所にある鍛錬場にいた。がここに来ることなんて滅多にない。

「土方さん…………」
「……近藤さんが驚いてたぞ。急に辞めるなんて言うから」
「すみません……」

 いつもとは違う雰囲気の
 出来れば、自分の予想は外れていて欲しいと思っていた。
 だが、その反面間違っていないとも思っていた。

「…………土方さん、別れて下さい」

 の言葉は、やけに鍛錬場に響いた。

「……何故だ?」

 土方は努めて、平常を保ているように振舞う。しかし、内心は複雑な心境でいっぱいだ。

「……私が真選組の皆さんの傍にいてはいけません。そして、副長の傍にも居てはいけない人間なんです……」

 はギュッと胸元の指輪を握っている。
 があの男の妹だというのは、山崎の報告で知っていた。知っていて彼女を望んだのだ。
 だが、それは彼女の記憶がないからだ。あれば彼女は苦しむだろう。誰も怨むこともできず、自分を責めるのだろう。
 彼女には何の非もない。
 だが、の気持ちも分かる。
 本当は、彼女を手放したくはない。ずっと隣でいて、笑っていて欲しい。だが、それを自分が望めば、彼女を傷つけるのだと分かっている。
 だから……。

「……分かった……」

 今にも泣きそうな彼女を引き寄せて、抱きしめたい衝動に駆られながらも、一言答えて鍛錬場を出た。
 これ以上ここにいては、自分は何をするか分からない。
 これでいいんだ。
 自分はいつ命を落としていなくなるか分からない身。最初から色恋沙汰は避けてきた。その所為で泣かせた女だっている。
 以前に戻るだけだ。そう自分に言い聞かせるが、何か大きな物が手から零れ落ちてしまった気分だ。
 だが、自分の利だけを望んではいけない。
 が別れを切り出したということは、彼女の記憶が戻ったに違いない。
 実の兄であろうとも、彼女は渡さないと、以前銀時に宣言した。あれが嘘だったわけではない、だが、それは彼女の記憶がなければの話しだ。
 土方としては、記憶は思い出さずに、ずっと過ごして欲しかったのだが、それももう遅い。
 記憶が戻れば、こういう事態になるかもしれないということは分かっていた。には銀時がいる。だから、心配はする必要はない。アイツがきっとを慰めてくれるだろう。
 を望んだ所で、彼女自身を苦しめるだけなのだ。




「どうゆうことでィ! 土方っ!!!」

 部屋に戻るとほぼ同時に、沖田がやってきた。来るだろうとは思っていた。
 を実の姉のように慕い、の想いに答えてやれと土方にいったのは彼だ。
 大方、近藤からでも聞いたか、鍛錬場にいたと会ったのだろう。

「静かに開けろよ、総悟」
「…………あんた、何でそんなに冷静なんだよ」
が決めたことだ。俺がとやかく言える筋合いはない」
さんは自分の恋人だから、さんが真選組やめても会えるってわけか」

 沖田は鼻で笑う。

「いや、もうは俺の恋人じゃない」

 土方の返答に、沖田は驚いた。

「勘違いするなよ。俺がをフったんじゃない。俺がフられたんだ」

 その答えは、先ほど以上に沖田を驚かすものだった。
 が土方に別れを告げるなど一欠けらも思っていなかった。

「……それで?」

 沖田の声はやっとでたといった様子の物だった。

「分かったっていっただけだ」
「何でだよっ! アンタさんのことが好きだったんじゃないのかよ! なんで止めないんでィっ!!!」
「うるせぇよ……」

 土方は沖田の襟首を掴んだ。沖田を見る目は、怒りと悲しみと苛立ちとその他いろいろな感情が混ざって複雑な色をしていた。

「俺だってなっ、アイツを手放したくなんてねーよっ! ずっと隣に居て欲しかったに決まってるだろっ!! でも、でもそれじゃ駄目なんだよ……。それじゃ……」

 沖田の襟から手を放し、出て行けと命じる。
 言いたいことはいろいろあったのに、沖田は何故か何も言えなかった。そして、そのまま無言で部屋を出た。 


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卯月 静 (08/09/01)