Edo Side Story

【20】 彼と兄





 大江戸駅周辺は厳重な警備がなされていた。
 この駅前の広場を爆破するとの情報が入ったのだ。それも、その首謀者は過激派の攘夷志士、高杉晋助だ。

「副長! 各隊配置は完了しました!」
「そのまま警戒を怠るな」

 部下の報告を聞きながら、土方は、吸っていた紫煙を吐く。
 テロの情報が入ってから、忙しかった。だが、いくら忙しく、仕事に没頭しようとしても、頭の片隅から、のことが離れることはなかった。
 自分は今だ彼女に未練があるらしい。
 だが、あの時引き止めたところで、彼女を苦しませるだけだ。本当は、手放したくはなかった。
 やっと手に入れることができた、安らぎの場所。
 彼女の笑顔をみるだけで、自分は癒されていたのだ。
 に思いを馳せていたが、その思考は大きな爆発音と、振動によって遮られた。

「副長っ!! 東口ですっ!!」
「慌てんなっ! 各隊持ち場を固めたままでいろっ!! 東口は、三番隊だったか……。おい、三番隊、状況を報告しろ」

 土方はパトカーについている無線から、指示を飛ばす。爆発音は大きかったが、煙も火もでていない。
 爆発物が、火薬を使ったもの以外の別の物。例えば、出るのは炎ではなく、ガスなどの類の物である可能性もあるにはある。だが、それにしては、規模が小さい。そう感じたからこそ、土方は隊の配置は動かさなかった。
 陽動の可能性がある。一般の人は通行を規制してあり、先ほどの爆発で駅周辺にいた人々は隊士が、誘導したはずだ。一般人が入ってくることはない。

「来るなら、さっさと来いよ、高杉」
「ククク。陽動には引っ掛からなかったか」

 土方の呟きに、まるで呼応するように声が聞こえた。
 派手な着物に、包帯を巻いた隻眼の男。

「高杉ッ!?」





 桂の情報を元に、は大江戸駅周辺に来ていた。
 ここに高杉が現れるのであれば、自分は高杉を止めなければいけない。
 銀時が言ったように、真選組にも情報は伝わっていたようだ。様々なところに真選組の隊士がいる。
 真選組の女中をしていたくらいだ、隊士のほぼ全員はの顔を覚えているだろう。見つかってしまってはいけない。
 男物の着物を着、鬘を被り、眼鏡を掛けた。ぱっとみただけでは、とは分からないだろうが、それでも万が一ということもあるし、聡い者には気づかれるかもしれない、と極力鉢合わせをしないようにしていた。
 突然大きな爆発音がした。その爆発音のした方向から、人が流れてきている。
 あちらの方向に高杉がいるのかもしれない。
 人の流れに逆らい、爆発音のあった方へ走った。

「ククク。陽動には引っ掛からなかったか」

 通り過ぎようとしたが、聞きなれた、そして、が探していた人物の声が聞こえ、そちらへ走った。
 そこに居たのは間違いなく高杉晋助で、その場には彼だけでなく、近藤、土方、沖田、山崎などの真選組のメンバーもいた。

「テメーら、真選組には礼を言うぜ」
「礼? 攘夷志士が真選組に礼をいうのか、大層余裕じゃねえかィ」
「礼を言うのは当然だろう。なあ、

 高杉が視線をの方へ向けると、皆の視線もの方へ行く。

さんっ!! アンタなんでこんなところにいるんでィ?!」

 隊士達は驚き、皆口をそろえて、危ないから、逃げろという。

「ありがとよ。を、俺の妹を世話してくれてなァ」
さんが、妹……」
「あの高杉晋助の……」

 ニヤニヤと笑う、高杉に対して、近藤を始め、真選組隊士達は、混乱している。
 自分達によくしてくれていたが、よりにもよって、あの高杉の妹。

「クククク。その様子だと知らなかったみてーだなァ。いや、ソイツだけは知ってたのか、鬼の副長さんよ」

 土方はいつも通りで、驚いた様子もない。

「トシッ!! お前知ってたのかっ!!」
「ああ」

 土方の返答に、驚いたのは、もだった。
 土方はの正体を知っていた。いつからだ……いつから、彼は……。

「土方さん……いつから……私のこと、知って、たんですか……?」

 は震える声で、尋ねた。
 彼はに一瞥もやらず、答える。

「万事屋の野郎が、を引き取った後くらいだな」

 が銀時の所に行った時くらい……そうすると、が思いを打ち明けた時は既に知っていたことになる。

「じゃあ、どうして……」

 は胸元のリングをギュゥっと握る。
 胸元から取り出したタバコを銜え、慣れた手つきで火を点ける。
 土方のその動作を、はじっと見つめていた。
 紫煙を吐き出したあと、彼は口を開いた。

「高杉の妹なら、いずれ高杉から連絡がくるんじゃねえかと思ったからな」
「……私が高杉晋助の妹だから……兄さまを捕まえるために……」
「ああ」

 の瞳に知らず知らず涙が溢れる。
 想っていたのは自分だけで、彼は職務の為に、自分を利用していたのだ。
 早く気づくべきだったのだ。彼は真選組の副長。そんな立場の彼が、記憶のない怪しい女の気持ちに応えるはずなどありえるはずがなかったのだ。

「攘夷志士を捕まえるためなら、女も泣かすかァ。大した野郎だな、副長サンよォ」

 高杉が土方をみる視線には、嘲りと幾ばくかの怒りが入っていた。

、これで分かっただろう。幕府のヤツラなんざ、こんなもんだ」

 声をかけられ、ゆっくりと視線を高杉に向ける。
 高杉はいつのまにか、のすぐ傍まで来ていた。数歩あるけば、高杉の前までいける。

、俺と共にこい」

 言うと、高杉は、に手を差し出した。
 は、ゆっくり、何かに引っ張られるかのように、高杉の方へ歩く。

ッ!! そいつの手を取ったら、お前まで攘夷志士の仲間だと思われるぞっ!!」

 あと少しで高杉の手に触れるというところで、土方は叫んだ。
 の動作が止まり、土方を振り返った。しかし、土方を見た後、視線を伏せた。
 そして、また高杉の方へ視線を戻し、今度は間違いなく、高杉の手を取った。
 その瞬間、高杉の口の端が上がる。

「妹は、返してもらうぜェ」

 の首の後ろに軽く手刀をいれると、糸が切れたように体の力が抜け崩れ落ちる。その崩れ落ちる瞬間、高杉はしっかりと抱きとめ、を抱えたまま、その場を去った。

 誰も動けなかった。
 あまりにも衝撃的な事実が多すぎて、誰一人、土方でさえ動くことができなかった。    


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卯月 静 (08/09/16)