Edo Side Story

【22】 噂と真実





 は自分が斬るという土方の発言で、彼がを利用して、彼女の気持ちを弄んだという話は、一気に真選組内に広がり、もはや、噂というレベルではなく、それが真実だと皆思っている。
 いたるところで、その話をしている隊士達を横目に、山崎は溜息を吐いた。
 この噂を流し、広めたのは山崎本人だ。
 の素性を調べたのも山崎であれば、それを土方に報告したのも彼。そして、高杉がを探していると知った時、土方は山崎に、万が一の素性が皆にばれたら、土方が彼女を利用して付き合っていたと噂を流せと言った。
 高杉の妹だったことが分かれば、への風当たりは強くなる。だが、その所為で、土方が彼女の気持ちを利用していたとあれば、周りはに同情的になるだろうし、何よりも、が土方のことを嫌いになれば、それ以上彼女が土方のことで悩む必要はなくなる。
 噂は順調に広まり、土方の思惑通り、隊士達は皆に同情的だ。その反面、土方を見る隊士の目は厳しい。あんなにいい子を、酷い男だ、と皆の視線が言っている。
 土方は何処吹く風で、気にしていないようだが、誰よりも苦しんでるのは彼に違いない。
 その上、は高杉の下へ行ってしまった。

「で、俺に何の相談? いいの、こんなトコでサボってたら、お宅の副長さんに怒られるんじゃないの」

 山崎は今、万事屋に居た。そして、目の前には、万事屋の主人、坂田銀時。
 の素性を知っていて、それで記憶のない彼女を守ろうとした男。本当は、高杉とも繋がっているんじゃないかと疑いたいところだが、今はそれどころじゃない。

「旦那。どうにかして、さんを高杉のところから、連れ戻してくれませんか」

 山崎の発言に、銀時は嫌そうな顔をする。

「何で、俺が? 大体、は兄貴のとこに行ったんだろ、唯一の家族の仲を引き裂くような真似は、俺にはできねーよ」
「でも、このままじゃ、さんまで、攘夷志士の仲間と認識されてしまいますっ! 旦那だって、さんが斬られるなんて嫌でしょう!!」
「……あのな、どうして、が兄貴のトコに行ったか分かってんのか?」
「それは……」

 銀時の問いに、言い淀む山崎。
 が高杉の手を取ったのは、きっと、土方が彼女を利用していたと聞き、ショックを受けたからに違いない。

「お宅の副長さんのせいだろーが。俺が止めとけっつたのに、守るって言い張って聞かねえから、許したっつーのによぉ」

 銀時の視線は鋭い。いつもの死んだ魚のような目ではなく、視線だけで、誰かを殺してしまえそうなくらいだ。
 そんな瞳に睨まれて、いつも土方の視線で慣れている山崎でさえ冷汗を掻く。
 銀時は、何も言わず、立ち上がった。

「旦那っ!!」
「……どんなツテ使っても、目瞑れよ」
「それじゃあ!!」

 受けてくれるのだ。どんなツテということは、蛇の道は蛇。攘夷志士の動向なら攘夷志士。きっと桂あたりでも当たるのだろう。本当なら、取り締まらなければならないが、そんなことを言ってられない。

「……但し、連れ戻しても、あの野郎には絶対会わせねえからな。を泣かせた野郎に、誰が会わすか」
「…………分かってます」

 本当は、土方とまた前のように、と土方が一緒に笑っていられる関係に戻って欲しい。だが、を妹のように思う銀時にとって、彼女を傷つけた男に、会わせるはずもない。
 それは予想していたとは言え、ツライものがある。




 部屋ではジッと考えていた。
 攘夷志士といえど、ここの人達は皆、に良くしてくれている。
 それは、が高杉の妹だからというのもあるのかもしれない。
 そして、高杉もに優しい。昔の、皆がバラバラになる前に戻ったようで、出来ればこのままでもいいのかもしれないと思った。
 でも、時折聞こえてくる、テロの計画や、幕府や真選組への暴言に胸が痛む。ここが、真選組の敵だということを実感させられる。
 このままでいたら、きっと、そのうち、土方と高杉が対面することになるのだろう。
 土方が高杉に斬られるのも、彼が兄を斬るところも見たくない。
 これ以上、兄がこの世界を憎んで、罪もない人を巻き込んで、ただ壊れていくのを見ているのは嫌だ。
 は、こっそりと部屋を抜け、高杉の部屋に行く。
 高杉は、寝ているようで、が扉を開けるが、起きる様子はない。
 ジッと見ていたが、は高杉の直ぐ傍に置いてあった刀を抜く。
 何を言っても兄には届かない。いや、届いていても、きっと止めない。だから、これ以外に方法はない。
 自分が兄を止めなければならないのだ。
 切っ先が下になるように、刀を握り、そのまま頭上に振り上げる。
 そして、そのまま高杉目がけ、下ろす。

「寝込みを襲うたぁ、妹ながら、やるじゃねえか」
「兄……さま……」

 振り下ろそうとした腕は、高杉に止められ、刀を叩き落とされた。

「そんなにあの男が大事か?」
「違うわ……土方さんは、関係ない……」

 兄を殺したところで、彼の所に戻れるわけがない。彼は、自分のことを好きでいたわけではないのだから。

「晋助様!! どうかしたんッスか?!」

 パタパタと来島と、武知が来た。
 涙を流すと、その腕を掴む高杉、そして、近くには高杉の刀が転がっている。
 状況をみても、何が起こったのか駆けつけた二人には分からなかった。

「俺に刀向けたんだ、妹といえど、分かってんだろうなァ」

 高杉にが刀を向けたと聞き、二人は目を瞠る。
 高杉は、落ちている自らの刀を持つ。

「晋助様っ!?」

 何をしようとしたのか、予想の出来たまた子は声をあげるが、それで止める高杉ではない。

「折角、一緒に暮せると思ったが、残念だ」

 抵抗もせず、ただ、目を閉じたの耳に、ザクリという音が響いた。


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卯月 静 (08/09/30)