Edo Side Story

【23】 正気と狂気





 かぶき町界隈で、高杉の姿を見たという通報が入った。
 既に夜中と言ってもいい時間だったが、真選組は出動する。

「トシ……お前は無理に来なくても……」
「近藤さん、副長の俺が行かなくてどうするんだ」
「だが……」

 現場に向かうパトカーの中。
 高杉が出たということは、その傍にがいるかもしれないのだ。
 近藤としては、二人を敵同士として再会させたくなかった。敵同士として再会すれば、必然的に、二人が争うことになる。
 真選組を支えてくれた土方には、出来る限り幸せになって欲しかった。だから、せめて、想い会う相手と過ごすくらいの幸せは与えてやりたかったのだ。
 そうこうしてるうちに、現場についてしまった。
 すでに巡回中だった沖田を始めとする一番隊と、山崎は到着していた。

「様子はどうだ?」
「ここら辺りって話なんですけどねィ」

 さっぱり気配すらないと、お手上げのポーズをとる沖田。
 かぶき町は、今の時間でも明るく、人も多い。真選組が固まっているということで、皆の注目も集めている。

「暫く、周辺を見回れ、どこかに隠れているかもしれねえ」

 土方の言葉に、隊士達は散らばった。


 数十分経つが一向に、見つかったという知らせは来ない。もう、高杉は姿を消したのだろうか。
 そう思っていると、不意に沖田が口を開いた。

「万が一高杉が見つかって、そこにさんもいたら、アンタどうするつもりなんでィ?」
「アァ? 決まってるだろう。捕まえるだけだ」

 暇つぶしに、銜えていたタバコを吹かし、答える。
 相手が誰であろうとも、真選組副長であるかぎり、土方は職務を貫かなくてはいけないのだろう。副長が彼女を見逃してでもしてしまえば、真選組自体が崩れかねない。

「斬らなくちゃいけねえ状況になってもですかィ?」
「ああ、斬る」
「土方さん、アンタ本当に鬼ですねェ」

 嫌味を込めて言ってやる。
 土方は沖田の姉が危篤の時も傍にいてやらなかった。その上、今度は惚れた女を自らで斬るなんて……、これが鬼以外の何者であろうか。

「そうでもねえよ。アイツになら殺されるのも悪くねえかもしれねえなんて莫迦なこと思ってるくらいだからな」

 土方らしくない言葉に、沖田は驚いた。
 まさか、彼が、自らが斬られるといった発言をするとは思わなかったのだ。自分の命は真選組、ひいては、近藤のためにあると言って憚らない彼が、惚れた女になら、殺されてもいいだなんて……。

「土方さん、アンタ正気ですかィ?」
「どうだろうな。すでに正気なんてもんはねえのかもしれねえな」

 タバコを吹かしながら、答える土方をみても、その意図は汲み取れなかった。
 尚も言い募ろうとしたが、人の気配がして、遮られた。

「高杉ィ!!」

 今にも斬りかからんとする沖田を、土方は止める。

「今日は、妹は一緒じゃねえんだな」

 土方の問いに、高杉は口の端を上げた。

「妹? ああ……お前等はまだ知らなかったのか」

 笑う高杉に、訝しげにする真選組。

「高杉なんて女は、この世にはもう居ねえ」



「どういう……ことだ……」

 がこの世にいない? それは、まさか……。

「言葉の通りだぜ、副長さんよォ」

 土方は今にも斬りかかりたい衝動に駆られていたが、なんとか踏みとどまる。

「テメェーが、を殺したのか」

 高杉はさも面白いことを聞いたかのように、笑う。

「クククク。原因はお前だろ」
「俺が原因?」
「テメーがを利用したから、は俺のところに来た。だが、テメーのことが忘れられねぇみてぇでなァ。俺を殺せば、戻れるとでも思ったのか、俺に刀向けやがった」
「だから斬ったってのかィ」
「アイツは抵抗しなかったがな」

 高杉の話に、土方はにしたことを後悔する。彼女が自分を怨んでくれてもいいと思ってあんな嘘をついた。高杉の手を取った時はショックだったが、それでも、自分を怨むことで、彼女が自分のことで、胸を痛めることはないという点ではよかったと思っていた。
 なのに……、彼女は自分のところへ戻ろうとした。あれほど酷いことをしたのに、それでも、彼女は自分を想ってくれていた。
 その所為で、彼女を完全に失ってしまった……。

「なら、テメーを遠慮なくぶっ殺せるな」

 土方は高杉を睨み付ける。その顔は正しく鬼そのもの。
 だが、高杉の表情は崩れることもない。高杉の口元が弧を描いたと思えば、横から、弾丸が飛んできた。
 一瞬怯んだその隙に、高杉は既に姿を消していた。
 その場には、真選組しか残っていない。

「トシ……」

 近藤が声を掛けるも、土方の反応はない。

「…………近藤さん、引き上げだ」
「……ああ」

 ただそれだけ言うと、真選組は屯所に引き上げた。


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卯月 静 (08/10/07)