Edo Side Story

【25】 旅立ちと再出発





「ごめんなさい、辰馬さん。無理言ってしまって……」
「アッハッハ。気にすることはないぜよ。しかし、は兄貴たちに愛されとるの〜」

 申し訳なさそうにするを他所に、坂本は笑って彼女の頭を撫でる。
 彼が言う兄貴たちとは、実の兄である高杉だけでなく、銀時と桂も含まれているのだろう。
 きっと、銀時はコレまでの経緯を坂本に話したに違いない。話さなくても、坂本は引き受けてくれただろうが……。

「しっかし、本当によかったがか?」
「いいんです。居てもツライだけですから」

 泣きそうになるに、何も言わずただ頭を撫でる。
 坂本は三人をの兄だと言ったが、にとって、坂本もの兄のようなものだ。
 ツライとき、何度この笑顔に助けられただろうか。

「そろそろ船が出るきに、わしは先に乗っちょるぜよ」

 はもう一度江戸の町を見る。
 ここに戻ってくることは、この先ないかもしれない。

「本当は、もう一度会いたかったな……」

 一目、遠目からでもいいから、会いに行けばよかったかもしれない。でも、そんなことをしてしまえば、きっと自分は江戸に残りたいと思うかもしれない。
 今更会いにいけないし、他人の振りなんてできない。ましてや、江戸に住んでいれば、土方に恋人ができて、その恋人と歩いている姿を見ることになるかもしれない。
 その時に、自分はまともに立っていられるとも思えない。
 自分は死んだことになってるだろうから、土方はすぐに自分のことを忘れるだろう。
 そして、彼に誰か、素敵な人が現れて、彼を支えてくれればいいと思う。
 できればその役は自分であればとも思うが、今更だ。
 いざ、江戸を発つというのに、これでは未練がありすぎる。我ながら、往生際が悪い。
 いつまでも考えても仕方がないと、船に乗り込むため、踵を返した。

ッ!!」

 だが、背後から聞こえた声に、踏み出しかけた足が止まる。
 懐かしいとまで思える程、ずっと聞いていなかった声。
 何故ここに? と思うが、恐くて振り向けない。





 土方の声で、は立ち止まった。
 何とか、彼女が船に乗る前に間に合ったようだ。
 必死で走って来たために、土方の息は上がっている。もう少し体力はあるつもりだったが、思った以上にしんどい。
 日頃、タバコを吸いまくっているせいかもしれない、少しは自重すべきかと思い、苦笑する。

……」
「どうして、ここに?」

 は後ろを振り返らずに尋ねる。

「お前を利用してたっつーのは嘘だって言ったら、信じるか? それとも、酷いことをした俺を怨んでるか?」

 は背を向けたまま、何の反応もしない。
 自分のことを嫌っているなら、嫌っているでもいい、今回は自分のしたいようにする。
 その為に、銀時に頭下げてまで、の居場所を聞き出した。
 もちろん、すんなり教えてくれなかったが、しつこい土方に銀時が折れたのか、渋々教えてくれた。
 そして、行くからには絶対連れて帰ってこいとまで言われた。
 土方は、を後ろから抱きしめる。すると、の体は強張った。

「怨んでるかもしれないし、俺のことが嫌いになったかもしれねえ。だが、それでも、俺はお前が好きだ」

 土方は抱きしめている腕に力を込める。

「高杉から、お前が死んだって聞かされた時は、目の前が真っ暗になった……。無理矢理にでも引き止めて、高杉のところに行かせるんじゃなかったって後悔した。そして、お前が生きてるって聞いてホッとした」

 は何も言わない、ただ、土方の話を聞いている。

「お前が誰の妹だとしても、構わねえ。俺の傍から離れるな。俺はお前に隣で笑っていて欲しいんだ」
「…………ずるいです、土方さんは……」

 暫くどちらも無言だったが、その沈黙を破ったのはだった。

「折角、土方さんのこと忘れようと思ってたのに……。好きな人にそんな風に言われて、拒める女の子なんていませんよ」

 土方の腕の力が緩むと、はゆっくりと振り返った。
 瞳からは、涙が溢れ流れているが、の表情は、困ったように笑っている。

「私は、貴方の敵の妹ですよ。それでもいいんですか」
「知らねーよ、んなこと。俺は誰かの妹に惚れたわけじゃねえ、に惚れたんだ」

 そう言えば、の瞳から、涙が再び溢れる。
 土方がそれをそっと舐め取ると、は真っ赤になる。

「土方さん……私、貴方が好きです」

 真っ赤になりながらも、上目遣いに自分を見ながら言うを見て、土方は口の端を上げる。

「ああ、知ってる」

 そして、そのまま、彼女の唇に重ね合わせる。
 彼女が自分からもう二度と離れないように深く口付け、離さぬように、抱きしめる腕に力を込める。
 がそれに答えるように、土方の背に腕を回すと、土方は更に腕の力を強めた。


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卯月 静 (08/10/21)