girasole
【01】
イタリア人を見る度に、本当に日本人とは正反対だと感じた。
どちらかと言えば、日本人は悲観的に考えるところがある。それに対して、イタリア人は楽観主義者が多いような気がしてならない。
加えていえば、イタリア人はフェミニストが多く軟派な男も多い。
観光をしていると、度々声を掛けられるのには、最初は辟易した。
それも、慣れるとあっさりとかわす手段を身に付けるもので、今ではやんわりと断ることも簡単になった。
「何やってんだろ……」
は、カフェ
ここ、イタリアには旅行で来た。
今日本は春休みだ。まだ時間がある大学生の今、一人旅を経験してこいと、半ば放り出されるように日本を発ったのだ。
そして、を送り出した、親代わりである叔父は、このイタリアの町を薦めた。この町なら、治安もいいし、町の人たちも快く受け入れてくれるから過ごし易いだろうと。
そこまで配慮してくれるなら、何も一人旅などさせなくてもいいじゃないかと思う。確かに、この町の人は優しい。快く受け入れてくれた。何より、はイタリア語ができない。始めは戸惑っていたが、町の人は言葉の分からないにもよくしてくれた。
今もイタリア語が分かるわけではないが、それでも、片言で、尚且つ相手がゆっくり話してくれれば何とか会話にはなる。
叔父が悪い人ではないのは知っている。両親が亡くなり、その後の面倒を見てくれたのは彼だ。
叔父も叔母も、まるで実の娘のように扱ってくれて、彼の息子である従弟も姉のように慕ってくれている。
不満なわけではない。それでも、どこかに本当の家族ではないという気持ちが自分にはあるらしい。親子三人がそろっているところをみると、そこに自分は必要ないように感じてしまう。
「どいてくれっ!!!」
突然降ってきた声に、の思考はストップした。
声の方向を見れば、金髪の青年がこっちに突っ込んできている。
避ける暇もなく、は彼に巻き込まれてしまう。派手な音に店員が出てきた。
「お客様っ! 大丈夫ですか!!」
倒れこんで来たが、彼はが潰れないように、彼女の脇に両の手をついて自分の体を支えている。
太陽のようにキラキラと光る金髪に、丹精な顔。
「悪い、大丈夫か?」
そう言う彼の表情には、どこか愛嬌がある。
多分彼はモテるんだろうなと、今の事態とは全く関係のないことを考えていた。
「お、おい」
反応がなく、ぼーっと青年を見ていた為か、青年はうろたえ始める。そういえば、彼は日本語で話しかけてきた。
まさか彼が日本人だからということはないだろう。どう見ても東洋人には見えない。一番初めの、避けろという言葉こそイタリア語だったが、その後は日本語だ。
が日本人だと気づいたのだろうか。
「もしかして、頭でも」
「上から退いて貰わないと、起きれません」
「っ?! わ、悪いっ!!」
青年は、自分がを押し倒している体勢になっていることを気づいたのか、赤くなりつつ、上から退く。
「うわっ!」
慌てた為か、青年はその勢いのまま、今度は後ろにひっくり返った。
「さっきはすまねーな」
「いえ、でもいいんですか?」
「いいっていいって、迷惑掛けた詫びだ」
申し訳なさそうにするに対し、青年は笑顔で答える。
彼の名前はディーノというらしい。
迷惑を掛けたから、そのお詫びに食事でもということで、彼がよく行く食堂に連れてきてもらった。
だが、先ほどのカフェの机の弁償や何やらはディーノがしてくれた。
それでも十分なのに、これは詫びで、先ほどの弁償は自分が原因だからと言う。
「本当にすまなかったな」
「いえ、大丈夫ですから。それにご飯まで……」
「ここには観光かなにかか?」
「はい。叔父がこの町はいい町だからと」
「気に入ったか?」
「はい」
「そうか!!」
気に入ったと言うの答えに、ディーノは本当にうれしそうに笑う。
彼はこの町が好きなのだろう。
「ディーノさんはこの町に住んでるんですか?」
「ああ。ここは俺が生まれ育った町だ」
「今でこそ立派だがね。小さい頃は本当に泣き虫だったんだよ」
「オバチャンッ!!」
料理を持ってきた食堂の女将は笑いながら、話に入ってきた。
小さい頃のことを持ち出され、ディーノは慌てている。
「小さい頃の話だろっ!」
「しっかしまさか、坊ちゃんが女の子連れてくるとはねー」
「い、いや、彼女は」
「まあ、ディーノ坊のことよろしく頼むよ」
「はぁ……」
おばちゃんパワーは、日本でもイタリアでも変わらないらしい。にこにこと言う勢いに、は思わず頷いてしまった。
「ったく、気にするなよ」
「あ、はい」
困ったようにディーノは笑う。ディーノは気にするなと言ったが、ディーノくらいかっこよければ、誤解されてもいいかもしれないと思ってしまった。
「あ、あの……零してますよ……」
「あ…………よそ見してたから、ははは」
運ばれたピッツァはディーノの手にあったが、ソースやら、具やらが零れている。
苦笑いしつつ、横にあったジュースを飲もうとする。しかし、グラスは濡れて滑りやすくなっていたらしい。
「あっ!?」
という、ディーノの声と供に、グラスの中身はの服の上にぶちまけられた。
「ああ!! 本当に悪い!!!」
慌てたディーノは近くにあった布巾で拭こうとするが、取れるわけもない。
「態とじゃないんですから、大丈夫ですよ。そんなに高い服でもないですし」
「でもなー…………よし! 服買いに行こう!」
ディーノはの手をとって、店を出た。
あまりに急なことで、抵抗する間もなく、ブティックにつれていかれた。
しかも、なんだか、高そうな店だ。
「ディーノさん。やっぱり、悪いですって」
「いや、そのままじゃ嫌だろ? 金は俺が出すから、気にするなよ」
確かに、この染みは目立つが、こんなに高そうなところで買ってもらうのは気が引ける。
ディーノに好きなのを選ぶといいと言われ、一着手にとってみる。しかし、ちらりと値札が見え、すぐに戻した。
桁が違う……。いくらなんでも、こんな高い服を弁償してもらうのは悪い。
「これなんか、どうだ?」
ディーノが手に持ってたのは、シンプルなデザインのワンピース。白と黒のモノトーンだが、レースがあしらわれている。
決して、派手ではないが、かといって地味でもない。可愛らしいデザインだ。
「可愛い……」
「これを彼女に。ここで着替えさせてくれるか」
「えっ?!」
ディーノはあっさりとそれを購入し、は更衣室に連れて行かれた。
ワンピースと一緒に更衣室に入れられ、仕方なく着替えることにした。
「あ、あの……ディーノさん……」
は、おずおずと更衣室のカーテンから顔だけ出す。
「……どう……ですか……。似合わないですよね……やっぱり着替え直して」
「………………そんなことねーよっ! すっげー似合ってるし、可愛いよ」
「あ、ありがとうございます」
臆面もなく言い切るディーノに対し、は顔に熱が集まるのを感じた。さすが、イタリア人だ。
自分の周りにはこんなにストレートにいうような男性はいない。そのために、ディーノのようにかっこいい人に、そんなことを言われるのは慣れない。
ご飯を奢ってもらって、ワンピースまで買ってもらってしまって、悪いと思う。
やっぱり、何かお返しを、というと、ディーノは、明日もその服を着て一日付き合ってくれと言われた。
そんなことでいいのかと、むしろ、それじゃお返しにならないとは言ったが、ディーノはそれがいいのだと言ってきかず、何故か明日も会うことになった。
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卯月 静 (09/02/04)