girasole

【02】





 ホテルのロビーに行くと、既にディーノは居た。

「buongiorno!」(おはよう)
「すみません、お待たせしましたか?」
「いや、楽しみで早く着いちまった」

 そんなに素直に、笑顔で答えられると、やはり、こっちが照れてしまう。

「どこか行きたいとこあるか?」
「んー。特にはないから、ディーノさんにお任せします」

 ディーノは少し考えるような格好をすると、すぐに何か思いついたようで、手を取って歩きだす。
 手を引かれるまま付いていくと、そこには高級車が停めてあった。
 車に詳しくないでも知っている。絶対に一生お目にかかることはないと思っていた。だが、テレビでチラッと見ただけだが、車についているエンブレムは間違うことはないだろう。

「これ……ディーノさんの車ですか?」
「ああ。ちょっとここから遠出するから、車の方がいいだろうと思ってな」

 昨日も思ったが、この人は何をしている人なのだろう。
 弁償も、このワンピースも支払いはカードでしていた。さすがに食堂はカードでは出来なかったのだろうが、それでも、あの場で現金を出している様子はなく、請求はいつものとこにしてくれと言っていたように思えた。イタリア語だったから、正しく聞き取れた自信はないが。
 見た目は自分とさほど変わらないから、大学生くらいだと思ったのだが、普通の大学生ではないようだ。どこかの金持ちのボンボンなんだろうか?それにしても……。

? どうかしたか?」
「え? ……なんでもないです」
「ホラ、乗れよ」

 高級車に乗るのは酷く緊張する。ディーノは慣れた様子で助手席のドアを開け、は恐る恐る乗る。座り心地はいい。やっぱりこれは高級車なのだなと感じた。
 車を運転しながらディーノは話しかけてくれるが、は緊張しっぱなしだった。
 歩いている時はそんなに思わなかったが、何故か隣に乗ってると、すごくどきどきしてしまう。
 だから、着いたとディーノが声を掛けるまで、全く気づかなかった。

「えっと、ここは?」
「Roma」
「ローマ?」
「そうだ。ここには来てないだろ」

 折角イタリアに来たんだから、定番は押さえておくべきだろうと、冗談めかして言う。






「ディーノさん。垂れてますよ」
「え……うわっ!!」

 ジェラートを食べながら歩いてると、溶けたジェラートがディーノの服についていた。
 はクスクスと笑いながら、もっていたハンカチを濡らし、染みにならないように、拭き取る。

「ほら、口元も」

 口の周りにもジェラートが付いてしまっているのに気づき、それも拭く。
 その何気ない動作に、ディーノの心臓が跳ねる。

「ホント、ディーノさんって不思議な人ですよね」

 ディーノを見つめながら、は呟いた。身長差から、が見上げる格好となっていて、ディーノは意味もなくドキドキしてしまう。

「不思議って?」

 だが、悟られまいと、冷静を装う。

「なんていうか……。カッコいいのに、たまにそれに似合わず、抜けてるところがあるし」

 が言った「カッコいい」という単語に反応してしまう。しかし、その後、彼女の言った抜けているという言葉で軽く落ち込む。そうだ、自分は部下が居ないとへなちょこなのだ。

「……かっこ悪いよな……今だって……」
「そんなことないですよ? 変に澄ましてる人よりも、親しみやすくて私はいいと思いますよ。それに何処か従弟に似てて、親近感沸きますし」

 お世辞でもなんでもないというのが分かる笑顔で、は答える。
 その言葉がディーノにはとても嬉しかった。マフィアのボスに近づく女は数多といるが、きっと彼女達はへなちょこなディーノには見向きもしないだろう。
 出来ることなら、自分の隣に立つ人は、へなちょこな自分も含めて好きになってくれる人がいいと思う。できれば、好きな女性の前では常にカッコよくいたいと思うが、今の自分じゃ、それでは二人っきりになれないし、疲れてしまう。

「ディーノさん。次行きましょう?」
「っ!? お、おう」

 思案に耽ってしまっていたらしく、突然に覗き込まれた。
 あまりに近すぎる距離に、ディーノの心臓は大きく跳ねた。

「ここがトレビの泉なんですね。すごーい、中はコインばっかり」
「後ろ向きに投げると、もう一度ここに来られるんだぜ」

 有名な言い伝えだ。
 後ろ向きに一枚コインを投げ入れると再びローマに来ることができる。
 三枚投げ入れると、恋人や夫婦と別れることが出来る。
 そして、二枚投げ入れると……。

「面白そう! よし、私もやってみますね」

 は財布からコインを出すと、泉に背を向ける。
 そして、後ろに投げ入れた。コインは綺麗に弧を描き泉の中に入る。

「ディーノさんはしないんですか?」
「俺は何度もここに来てるから……」

 願いを掛けずとも、またここに来ることはできるだろう。だが、また来ることが出来るのなら……。

「やっぱり俺もしてみるかな」

 ここにただ来ることを願うのではなく、もし再び来ることができるならそのその時も彼女と……。そんな風に願いを込め、コインを後ろに投げた。
 二枚のコインは、綺麗に弧を描き、泉の中に落ちていった。


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卯月 静 (09/02/08)