girasole

【03】





 ああ、どうしよう……。
 は、部屋に飾られているカレンダーをみて溜息をついた。
 あと数日で、イタリアを離れて、日本に帰らなければならない。
 いつからだろうか。この乗り気じゃなかった旅行が楽しいと思い始めたのは。
 残りの日数も……きっとすぐ経ってしまうだろう。

「ああっ! もうこんな時間! 早くしなきゃっ!」

 カレンダーを見て落ち込んでいる場合ではない。このままだと、ディーノを待たせてしまう。
 優しい彼のことだから、きっと怒りはしないだろうが、迷惑を掛けるわけにはいけない。
 はバタバタと準備をして、ロビーへ急いだ。





? どうかしたか?」

 いつものように、ディーノの案内で町を満喫していたのだが、様子の違うに、心配そうにディーノが尋ねてきた。

「え? ううん。なんでもない」
「じゃあ、何でそんなに」
「もうすぐ…………もうすぐ、日本に帰らなきゃいけないから、ちょっと名残惜しいかなって」

 の言葉に、ディーノは少し驚いているようだが、すぐに落ち着く。

「そっか。じゃあ、残りは思いっきり楽しまないとな」

 笑顔で言うディーノを見て、ズキンッと痛む。
 寂しがっているのは、自分だけなのかもしれない。ディーノはただ東洋人の自分が珍しくて、気まぐれに付き合ってくれているのかもしれない。
 もしかしたら、最初の出会いの時のことをいまだに悪く思っていて、それで済崩し的に付き合っているだけなのかもしれない。
 そう考えてしまい、自分が彼に惹かれていたのだと自覚した。
 どうせ、自覚するなら、日本に帰った後がよかった。それならば、諦めもつくのに、どうして今なのだろう。

「そうだね。ディーノの案内期待してるから」
「それは重大任務だな」

 自分の気持ちを出さないように、努めて明るく振舞う。




 ディーノはいつもどおり、ホテルの前まで送ってくれた。

「じゃあ、明日も向かえにくるから。…………?」

 笑って去っていくディーノの服を思わず掴んでしまった。
 慌てて手を離したが、ディーノは不思議がっている。

「あ、ごめん。何でもない…………」
「何でもないって……」
「本当に何でもないから!」
「そんなに、泣きそうな顔してるのにか」

 そう言ったディーノの声は思いのほか優しくて、泣きそうになるのを堪える為に、ギュッとスカートを握る。
 ああ、駄目だ。もう、隠してはおけない。もし、これでディーノが付き合いきれないといえば、それはそれでいい。
 日本に帰る日に悲しい思いをしないでいいし、諦めも付くから。

「……ディーノと……離れたく、なくて……。夜も一緒にいれたらって……」

 ディーノは虚を突かれたように、目を丸くする。

……」
「ごめん。こんなこと言われても、迷惑だよね。忘れて」

 いい逃げのように、そのまま部屋に戻ってしまおうかと思ったが、ディーノに手を引かれて、気づいた時には、はディーノの腕の中にいた。

「そんなこと言われたら、俺期待するぜ」

 は、ディーノを見上げる。

「ディーノ…………、き、期待してくれて、いいよ……」

 多分今、自分の顔は真っ赤だろう。熱くて仕方ない。
 自分は、とんでもない事を口走ってしまったのではなかろうか。恥ずかしくて、ディーノの胸に顔を押し付けてたら、上から彼の笑う声が聞こえてきた。

「顔、真っ赤だぞ」
「誰の所為だと……」

 笑うディーノを睨みつけてみるが、全く動じない。
 ディーノはを腕の中に入れたまま、懐から携帯電話を取り出す。どこかに掛けているようだ。

「ああ、俺だ。今日は泊まるから。ああ……分かってるよ。……うるせーよ……じゃあ、頼んだぜ」

 電話を掛けているディーノは、どこか別人のようにも見えた。

「よし、じゃあ、行くぜ」
「え? 本当に泊まるの?」
「何だ、帰って欲しいのか?」
「そんなことはっ!」
「じゃあ、問題ないな」

 今が幸せすぎて、このまま時が止まってしまえばいいのにと、珍しく本気で願ってしまった。 


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卯月 静 (09/02/10)